作成日:2022/11/20

訪問日:1985/4/27  

 

義経寺と厩石

~義経伝説が残る外が浜町を歩く~

 

【カテゴリ:文化・遺産】


さいはての地 津軽

 

大間崎
大間崎(1984年撮影)

  ご存じの通り、本州の最北端は青森県の大間崎です。私が東北の旅を始める際、最初に出向いたのが大間崎でした。そこから40年近く東北の旅を続け、ついに福島県の最南端に達しました。しかし地理的な意味ではなく、多くの日本人の心の中には津軽半島が北の最果てというイメージを持っているのではないでしょうか?

 

 それはなぜか少し考えてみました。

①明治の文豪太宰治が小説「津軽」の中で「本州の袋小路」と称したこと

②石川さゆりのかの有名な曲「津軽海峡冬景色」

③そして3番目の理由に違いないのが、今回ご紹介する義経伝説です。 

義経伝説

 

  ご存知の通り、源義経は鎌倉幕府初代将軍源頼朝の異母兄弟にあたります。兄頼朝の平氏打倒の戦いに功労者となりましたが、その戦いを通じて独断的な行いをした等の理由により、兄頼朝の怒りをかうことになり、頼朝から追われる身となりました。一時、藤原氏を頼って平泉にかくまってもらっていましたが、頼朝の追及から逃れることができず、最終的に岩手県平泉にある衣川で自刃したとされています。恐らくここまでが歴史上の事実と思うのですが、その最期は多くの人の同情を呼び、いわゆる判官びいきという言葉を生むようになりました。ここからが義経伝説の始まりとなるのです。

横山八幡宮
岩手県宮古市横山八幡宮。義経が平泉を逃れ参籠した伝説がある

  まず平泉で自害したのは、実は家臣であり、義経は北へ逃げ延びたというものです。弁慶らの家来らと北へ逃れ、岩手県の遠野から沿岸部の宮古⇒久慈⇒八戸を通り、青森から三厩に達したというものです。事実、岩手県から青森県の各地にはそれを裏付けるかのような伝説が多く残されています。また義経が滞在したと言われるお寺や屋敷はかなりの数にのぼります。

 

 そして義経は北海道から樺太、モンゴルに渡り、チンギスハンと名乗ったという伝説まであります。時代を重ねるごとに架空の物語や伝説が加わり、史実とはどんどんかけ離れるようになりました。こうして源義経においては、どこまでが歴史的事実なのかわからないほどに伝説の人となってしまったのです。 

 

  実は私もこの義経伝説に魅せられてしまった1人のようで、義経伝説の残る地を訪れてきました。このブログを立ち上げるにあたり、どのようにお勧め場所を分類するか考えた際、最終的には県別としましたが、当初は県を横断したテーマとして、「義経伝説の地を歩く」という分類を設けていました。現時点ではいったんは県別としていますが、記事が集まったところで、義経伝説という分類を設けたいと思います(ちなみに「奥の細道を歩く」も県を横断したテーマして予定しています)。

津軽線終着駅に向かう

 

三厩駅
三厩駅

  今回訪れたのは、源義経が本州より北海道に渡ったとされている義経寺(ぎけいじ)と厩石(まやいし)です。源義経は源頼朝に追われ、竜飛岬まで逃げて荒れ狂う海を前に観音像に祈ると、3頭の龍馬が現れ、海峡を渡ることができたという伝説が残るお寺です。

 ここまでくると伝説を通り越しておとぎ話のような話ですが、それでもなぜかその地を訪れてしまうところに義経の魅力があるに違いありません。

 そのような伝説の残るお寺と石があると聞き、出向きました。 

三厩駅
三厩駅(1985年撮影)

  旅の起点は青森県の津軽線の終着駅である「三厩(みんまや)駅」です。ここの駅舎は(訪れた当時は)開業当時のものを使っており、駅を降りると原野が広がり、ほとんど人もいないため、昔ながらの駅舎もあいまって最果ての地に来たという旅情にかきたてられてしまいました。

 

 ただこの津軽線は御多分にもれず赤字路線になっています。一応、貨物列車も走っているので廃止にはならないようですが、その存続が懸念されるところです。

 沿線には北海道新幹線開通時に出来た「奥津軽いまべつ駅」がありますが、日本一乗降客が少ない新幹線駅になっています。この駅が出来て以降、一層、津軽線の輸送密度は減ったと言われています。また「奥津軽いまべつ駅」は青森県にありながら、JR北海道の所管になっています。一方、この「奥津軽いまべつ駅」の近くには、津軽線の「津軽二股駅」がありますが、こちらはJR東日本の所管になっています。もちろん両駅は隣接しているものの接続駅ではありません。このあたりの事情については、是非、別の場で考えてみたいと思います。

義経寺と厩石を訪れる

 

義経寺
義経寺

  さて三厩というと竜飛岬や青函トンネルなどが有名です。私が最初に訪れたのは1985年ですので、もう40年近く前のことになります。当時は青函トンネル工事の真っ最中でした。

 

 義経伝説のある義経寺と厩石は三厩駅から徒歩20分の地にありました。ホームページによると、源頼朝に追われた源義経は竜飛岬まで逃げて、荒れ狂う海を前に守り本尊である観音像を巨石に置いて三日三晩に祈ったところ、白髪の老人と3頭の龍馬が現れ、「三頭の馬を与えるのでこれで海を渡るとよい」と告げられたとのことです。こうして津軽海峡を渡ることが出来たということです。この伝説により巨石は「厩石」と呼ばれるようになり、この土地の名前も「三厩」になったと言われています。

厩石
厩石

  そして義経が海を渡った約500年後、この地を訪れた円空はこの観音様が岩の上で光っているのを見つけます。そこで小さなお堂を建てて祀りました。このお堂が義経寺となります。1963年に青森県の重要文化財に登録されました。

 

 ほとんどおとぎ話のような伝説ですし、義経伝説にご興味がない方にはただの普通のお寺と石に過ぎません。ただ義経伝説に魅せられてしまった私には、十分にいにしえのロマンを掻き立てられてしまうものでした。そしてさらに次の義経伝説の地に足を向かわせることになるのです。 

 義経伝説にご興味のある方もない方も、この旅情かきたてられる最果ての地に足を踏み入れて、古代のロマンに思いをはせてみませんか。



<関連情報>

是非、立ち寄りたい周辺のお勧め

田沢湖御座石神社

龍飛崎(津軽海峡冬景色碑)

津軽半島の最北端。辺りは灯台を中心に遊歩道が整備されている。天気のいい日には北海道を見渡すことが出来る。JR三厩駅から外が浜町営バスで40分

乳頭温泉郷孫六温泉

龍飛岬にあるご存じ階段状の国道339号線

階段は362段で高低差は約70m。もともとは坂道で、この坂の上下をそれぞれ通る国道をつなごうと国道に指定された。しかし近くに小学校があったため通学しやすいように階段として整備されたとのこと。