作成日:2021/9/5
訪問日:2014/8/10
猫魔ヶ岳登山 ~台風の教訓~
【カテゴリ:自然、山】
名峰猫魔ヶ岳

福島県の会津地方にある猫魔ヶ岳は日本百名山ではありませんが、日本山岳協会の「日本100低山」にも選定されており、私から見れば「名峰」です。同じ福島県の名峰、磐梯山の西側に位置しており、登山というよりもスキー場で有名になってしまいました。比較的アプローチも短く、家族向きに人気のある山です。
猫魔ヶ岳という名前は恐ろしい響きがありますが、江戸時代の文献(注:脚注①ご参照)の中で、このあたりに猫の棲みかがあり、道行く人を喰らうところからきているようです。もちろん伝説上の話です。

今回、是非、訪れたかったのは、麓にある雄国沼という沼です。登山の過程で、この種の沼、湿地帯、湿原等で木道に寝ころび、何も考えずのんびりと過ごすことを極上の楽しみにしています。このような素晴らしい湿原があることを聞き出向いたのですが、大変な経験をしてしまいました。
実はその日、登山当日の朝まで決行すべきか、ぎりぎりまで悩んでいました。私が悩んでいたのは、台風が接近しており、夕方15時頃にはこのあたりを通過する予定のためです。ぎりぎりまで気象情報と登山ガイドと睨めっこした結果、幸い、猫魔ヶ岳はアプローチが短い山ということもあり、朝一に発てば13時には下山できると想定して、最終的に行くことを決断しました。
猫魔ヶ岳に登る

登山口は幾つかありますが、その日は磐梯ゴールドラインにある「八方台」を起点としました。八方台は磐梯山と猫魔ケ岳の分岐的になっており、南方から見ると、向かって右手が磐梯山、左手が猫魔ケ岳といった具合に、どちらの山にも比較的簡単に登れるということで、人気のある登山口です。以前はバス路線もあったようですが、今では廃止になっているため、止む得ずJR磐越西線の磐梯町駅からタクシーを使いました。帰りは雄国沼登山口からバスを使う予定でした。私の旅のルールでは、「止む得ない事情がある場合は片道のみタクシーを使うこともOKとしている」のでセーフと自分に言い聞かせました。

それにしてもタクシー代の4720円は痛すぎます。一人旅の悲哀というか、もし2人連れであれば1人当たり2400円、3人連れであれば1600円の出費で済んでいました。
左の写真は当日の八方台登山口の風景です。その日は台風が接近しているためか、日曜日にも関わらず、車が数台だけしか止まっていませんでした。通常は多くの家族連れの車で賑わうと聞いていたので、やはり台風の影響でしょうか。少し不安になってきました。一刻も早く出発すべく登山を開始しようとしたその時です。1台の大型バスが接近してきて、中からボーイスカウトと思しき集団とそのリーダが降りてきました。

よかった!、こんな日でも登山する同士がいるのだ
と妙な親近感を覚えました。
リーダらしき方が近寄ってきて、「台風、大丈夫ですかね」と声をかけてきました。やはり皆さん台風が気がかりのようです。その集団は、磐梯山に登るということでした。私は直前まで台風のことが心配になっていたにも関わらず、不用意にも「まあ大丈夫じゃないですか」と言ってしまったのです。リーダの方も「そうですよね」と言われていました。私の一言が最後の後押しになったようです。そしてこのやり取りは、ずっとその後も引きずることになったのです。

磐梯山に登るボーイスカウトの皆さんに分かれを告げ、猫魔ケ岳を目指しました。山そのものは、家族向きということもあって、比較的、楽に登ることが出来ました。ただ途中で巨大な熊の糞に遭遇した時は驚きました。そうです。結構、このあたりは熊が出没するようです。前日、念のため熊よけのための鈴を購入しました。その時に見た糞も、明らかに熊の糞とわかる、巨大なものでした。台風に加えて熊の心配も加わり、猫魔ケ岳頂上では写真だけを撮り、ほとんど通過レベルで目的の雄国沼に向かいました。左の写真は頂上付近にある「猫石」と呼ばれる奇岩で、猫魔ケ岳の由来になっている石のようです。猫に似ているところから名つけられたようですが、急いでいた私にはじっくりと見る余裕がありませんでした。
雄国沼に到着する

雄国沼に到着したのは、11:40頃で予定より早いペースです。幸い、まだ台風には遭遇していません。雄国沼は予想通り、素晴らしい沼でした。特にその日は台風接近のためか、誰1人いないため、待望の木道に寝ころび、山紫水明の境地を十分に味わいました。最高の贅沢です。沼の近くに小屋があったため、もし台風に遭遇すれば、ここで待機すればいいと、その時は簡単に思っていました。もちろん小屋を含めてあたりは誰一人としていない静寂のひと時です。
ついに台風が

本当はもう少しゆっくりしたかったのですが、台風のことが心配で、昼過ぎには雄国沼を出発しました。順調すぎると思ったのもつかの間、ついに雨が降ってきたのです。とにかく急いでバス停のある「雄国沼登山口」に向かいましたが、どんどん雨脚が強まり、ついには猛烈な雨になりました。さらに風も強くなり、前に進むことが出来ないほどになってしまいました。
「やばい!」
一瞬、頭の中を「遭難」という言葉がよぎりました。先ほど見た雄国沼近くの小屋に戻ろうと振り返りましたが、既に下山道に入っていたこともあり、上からは滝のように水が流れてきます。前に進むしかありません。足元に気をつけながら、ゆっくりと歩きましたが、足元がぬれているため、何度も足を滑らせてしまいました。おまけに体は下着までびしょ濡れです。もちろん雨具は持参していましたが、ほとんど使い物にならないほどの雨脚と風の強さです。
同時に私は先ほど出会ったボーイスカウトのことが、気になり始めました。猫魔ケ岳よりも歩行距離の長い磐梯山に登ると言われていたので、丁度、同じような状況に遭遇しているはずです。しかも相手は子供です。「大丈夫じゃないですか」など、なんと不用意なことを言ってしまったのでしょうか。後悔に苛まれながらも、予定よりも1HR早くバス停に到着しました。

次の心配が頭をよぎりました。
「バスは運行しているだろうか」
とにかく歩くこともできない雨と風です。無事にバスは運行しているでしょうか。バス会社に電話しようと思いましたが、雨脚の強さのため携帯を取り出すことも出来ない状態でした。この猛烈な雨の中を1HR近くも待ちながら、先ほどのボーイスカウトの皆さんがどうしているかずっと気になっていました。遭難などしていたらどうしよう、そんなことをずっと思っていました。
バスは予定の時刻通り来ました。

「助かった!」
バスは誰1人乗っていませんでした。私はバスの中で下着も含めて、衣服をすべて着替えました。下着を変える時は裸になったため、もし途中、女性が乗車してきたら、公然わいせつ罪になっていたところでした。バス会社の方、本当にご免なさい。座席を濡らしてしまいました。
バスが喜多方に近づくにつれ、新たな心配が出てきました。
「列車は運行しているだろうか」

そうです。磐越西線は雨や台風に弱く、何度も足止めにあったことがあります。予想通り、猪苗代駅から先は足止め状態でした。幸い、JRが用意してくれた臨時バスに乗り郡山まで行き、そこから東北新幹線に乗り無事に東京に戻ることが出来ました。
東京に戻ってからもボーイスカウトのことがずっと気になっていました。遭難にあっていないか、戻って数日間は地元のニュースを食い入るように見ていました。もちろんあの集団で遭難にあっていれば、全国紙に載ることでしょう。幸いにも、そのようなニュースもありませんでした。
今回、私は2つの大きな過ちを犯しました。1つは台風が接近しているにも関わらず、低山とはいえ、山に登ったことです。今回は夏だからよかったものの、もし春や秋であれば、濡れた雨により体温が低下して、危なかったかもしれません。2つ目は、やはりこのような状態では、不用意なアドバイスはするべきではありませんでした。ボーイスカウトのリーダの方も非常に迷われていたと思いますが、私の一言が最後の後押しになったようです。少なくとも、「相手は子供ですから、思い切って止めるべきではないでしょうか」とか、もしくは「距離の短い猫魔ケ岳をお勧めする」とか、もう少し丁寧に助言すべきでした。
雄国沼での山紫水明の境地と、バス内での全裸での着替えという荒技、巨大な熊の糞との遭遇、JRの臨時バスというハプニング、不用意な発言による苦い思い出の詰まった山旅でした。
<関連情報>
①猫魔伝説に関する文献
・1809年「新編新会津風土記」
➁静かな時間を過ごすことが出来るお勧めの沼

