作成日:2023/3/5
訪問日:2022/11/3
駅周辺がおもしろい! ~桑折の街を歩く~
【カテゴリ:自然・文化遺産】
東北の友人から東北本線の桑折駅の周辺に面白い場所があると紹介されました。その友人は、私が車を使わずに鉄道とバスと歩きだけで旅をしていることをよく知っていて、以前より、駅からでも歩いていけるお勧め場所を紹介して頂いていました。早速、出向くことにしました。
桑折町について

最初に桑折町について簡単にご紹介させて頂きます。桑折(「こおり」と呼びます)町は、福島県の北部にある人口1万人強の比較的小さな町です。江戸時代以前より、奥州街道と羽州街道が分岐する宿場町として栄えてきました。この「街道が分岐する」というところが、今回ご紹介するポイントの1つになります。また果物の生産が盛んで、特に桃の生産が盛んな福島県の中でも、高品質な桃を生産することで知られており、皇室・宮家にも納められています。
ただ町の規模としては決して大きくないため、これまでも何度か隣接する福島市もしくは伊達市との合併の話が持ち上がってきたようです。その中でもどの自治体とも合併することなく、独自路線を選択してきました。
新幹線と在来線が同じ高さで並走するとは?

東北新幹線と在来線が同じ高さで並走する珍しい光景が見られると聞いたのですが、最初、何が珍しいのか理解できませんでした。新幹線と在来線が並走するといえば、関東近辺だけでも東海道新幹線の東京~品川間で山手線や東海道線と並走しています。また品川と新横浜の間にも横須賀線と並走する区間があります。東北新幹線でいえば、日暮里駅近辺で並走しています。どこが珍しいのでしょうか。
現地に出向いて理解しました。右の写真をご覧ください。なるほどなんと東北新幹線が高架上ではなく、在来線と同じ高さの線路上を時速300kmの猛スピードで並走しているのです。在来線のホームから見るとものすごい迫力です。
福島駅から東北本線の下り線に乗ると、線路の左手にずっと東北新幹線の高架が見えるのですが、桑折駅1つ手前の伊達駅まではかなり高い所にある線路上を新幹線は走行しています。ところが伊達駅を過ぎるあたりから徐々に新幹線の線路が下がってきて、ついには東北本線と同じ高さになることがよくわかります。

確かにこのような光景は見たことがありません。前述の品川~新横浜間では、横須賀線は東海道新幹線と並走していますが、あくまでも新幹線は高架線路上の話です。またその区間では、東海道新幹線は高速では走行していません。
東京~品川間では、確かに在来線の高さの線路で並走していますが、東海道新幹線が始発の東京駅を出発直後(もしくは終着の東京駅到着間際)のため、低速にて走行しています。場合によっては在来線に抜かれることもあります。東北新幹線の日暮里付近も同様です。
ご存知の通り、新幹線の線路が高架である理由は、安全性と高速性を同時に実現するためです。高架の線路であれば踏切もないため、高速性を維持することができます。また基本的には人が線路に入り込むことはないので、安全性も確保できます。
それでは何故、桑折駅付近は高架の線路ではないのでしょうか。いろいろ調べましたが残念ながら理由には辿りついていません。是非、ご存知の方がいらっしゃれば教えて頂ければ幸いです。
なお在来線が駅に止まっている横を新幹線が駆け抜けるシーンに遭遇しないか、1時間ほど待っていましたが、残念ながら遭遇しませんでした。ちなみに新幹線の通過時刻だけであれば駅に設置されているパネルで表示されています。列車の発着時刻の表示はあったとしても、通過時刻の表示は大変珍しい光景です【26/4/1更新脚注①ご参照】。
いずれにしても在来線の駅(高架ではない)で待っているその横を新幹線が猛スピードで走りぬける姿は圧巻でした。まさに自称鉄道ファンである私好みの場所でした。
追分(奥州街道と羽州街道の別れ)

次に出向いたのが桑折駅から徒歩2分のところにある追分です。ご存じの通り追分とは道が2方向に分かれる場所を指す言葉で、街道の分岐点を意味するようになりました。全国には追分の名前が付く箇所が多く、甲州街道と青梅街道の分岐点である新宿の追分や、中山道と北国街道の分岐点である信濃追分などがよく知られています。
そして桑折駅近くにあるのが、江戸時代の主要街道の1つであった奥州街道から羽州街道への分岐点となっている追分です。この羽州街道はここから小坂峠を越え、宮城(七ヶ宿)、山形、秋田を経て、青森の油川に至る街道です。昔は出羽の大名が参勤交代の往還に利用した街道だったようです。また米沢藩等の年貢米や特産品が運ばれたり、出羽三山詣での人びとが通った道でもあります。
実はこの追分と名の付く分岐点を見るのは初めてでした。写真の右手が奥州街道、左手が羽州街道となっています。羽州街道を少し歩いてみましたが、これが江戸時代の参勤交代に使われていた道か?と思うような寂しい道でした。
七ケ宿へ通じる街道

この追分に大変に興味を持った理由がもう1つあります。以前にこの先にある七ヶ宿を訪れた事があり、そこに通じる道であるためです。車があればここから小坂峠を越えて七ヶ宿まで短時間で行けそうですが、そういうわけにもいきません。歩いて行こうかと思いましたが、結構な距離(約26km)であることがわかり、断念して途中で引き返してきました。
羽州街道は秋田藩主の佐竹候がこの街道の整備に尽力したため、秋田街道とも呼ばれているようです。以前に七ヶ宿に出向いた時に、街道沿いにある滑津宿には、佐竹候と地元の娘の悲恋の伝説のある振袖地蔵があったことを思い出しました。この寂しい道が以前は参勤交代で使われた道であること、以前に行ったことのある七ヶ宿を経由して最終的には青森まで通じていると思うと感慨深いものがあります。またこのページでもご紹介した検断屋敷にも通じているようです。そのあたり点と点をつなぎ合わせてみたいという気持ちになりましたが、いかんせん本日は徒歩で向かうには時間が足りなさそうです。日を改めて是非、この七ヶ宿街道を歩いてみたいと思います(関連記事「七ヶ宿の街並みを歩く(限界集落)」。
<関連情報>
①東北新幹線の通過時刻を掲載したパネルについて【26/4/1更新】
・駅構内に設置されていた新幹線の通過時刻を表示したパネルについて、今はもう撤去されたのではないかという情報を頂きました。私もJRや桑折町役場に問い合わせてみましたが、既に担当者もいないようで、かつてはあったかもしれないものの今は無いとのことでした。私自身も写真を撮らなかったため、どのようなものだったかを掲載できないのが痛恨です。
➁是非、立ち寄りたい周辺のお勧め
異国の丘 詩碑
桑折町出身であり、異国の丘の作詞家でもある増田幸が作詞した異国の丘の詩碑。桑折駅前。
西山城跡
築城は1189年と言われ、戦国時代に伊達氏が居城としていた。国の史跡に指定されている。桑折駅より徒歩12分。なお桑折駅から西山城跡までの案内板は完璧でした(関連記事「地図からMAP」)
大カヤの樹木
根回りが9m近くあり、平成元年の調査によりカヤの木としては日本一と認定された。桑折駅より徒歩8分。