作成日:2026/5/1

 

三陸鉄道各駅停車ver2 NEW!  

(旧北リアス線+旧JR山田線)

 

【カテゴリ:鉄道】


 三陸鉄道(三鉄)の魅力をお伝えするために、これまで出向いた中から各駅ごとに1ケ所見所をご紹介する第2弾です。三鉄は長大路線のため、何回かに分けてご紹介させて頂いています。第1弾では主に旧JR山田線沿線を取り上げましたが、第2弾として旧リアス線を取り上げました。第1弾でご紹介した旧JR山田線についても少しグレードアップしてここに再掲載しています。

 なお東日本大震災の震災遺構については3.11被災地を歩くで触れていますので、併せてご参照頂ければと思います。またBRTと三鉄ではBRTと三鉄の今後についても少し考えてみました。 

日本初の第3セクター鉄道

三陸鉄道
三陸鉄道

  ご存知の通り三陸鉄道は、日本初の第3セクターの鉄道として生まれました。その後誕生した第3セクターの鉄道の中でも最長距離を誇る路線になっており、「三鉄」の愛称で親しまれています。元々、旧国鉄時代より海岸沿いを縦断する路線として建設が進められてきましたが、御多分に洩れず赤字路線のため、建設中であった路線も含めて1981年にはいったん廃止が決定されました。そこで岩手県と沿線の市町村が「三陸鉄道株式会社」を設立して、1984年4月1日に第三セクターとして全線が開通する運びとなったのです。

復興支援頂いたクウェート国への感謝のメッセージ
復興支援頂いたクウェート国への感謝のメッセージ

  開業当初は、久慈~宮古間の「北リアス線」と、釜石から盛間の「南リアス」の2路線から構成されており、その間を挟むように宮古と釜石間の「旧JR山田線」がありました(上図ご参照)。当初は黒字経営でしたが、沿線住民の減少や鉄道利用者の減少とともに、経営が苦しくなり、1994年には赤字経営になってしまいました。

 

 さらに2011年3月11日の東日本大震災では、津波により多くの駅舎や路盤が流されてしまうなどの壊滅的な被害をもたらしました。映像等で見る限り、復興までにかなりの長期間要するのではないか、もしくは復興は難しいのでは?と覚悟したほどでした。しかし地元住民の願いや当時の三鉄の社長の強い思いもあり、5日後には部分開通、そして3年後の2014年には全線開通の運びとなったのです。

三陸鉄道車内
三陸鉄道車内

  2019年にはJR山田線が三陸鉄道に譲渡されて、それまで北リアス線と南リアス線が分断されていたのが、久慈~盛間を結ぶ長大な第3セクターが誕生しました。全線開業後まもない2019年10月には、台風19号(令和元年東日本台風)の影響により再び被害を受け不通区間が生じましたが、半年後の2020年3月までに全線復旧しました。 

 

 私はこれまでにこの三陸鉄道に対して特別の思いを持ってきました。まずなにより三陸鉄道が開業したのが1984年ということで、丁度、私が東北の旅を始めた年です。早速、1985年には全線を乗車しました。東日本大震災により被災後、全線開通した2014年には再度乗車、そしてJR山田線が移譲されて新生三陸鉄道になってから再度乗車といった具合に、節々のタイミングで乗車してきました。沿線は見所も多く、乗車するたびに新しい発見の連続でした。ここではこの愛すべき三陸鉄道沿線の魅力をお伝えするために、実際に訪問してきた中から各駅につきお勧めスポット1点を厳選してご紹介させて頂きたいと思います。

三陸鉄道屈指の名所「安家橋梁」
三陸鉄道屈指の名所「安家橋梁」

  なおなにしろ長大路線ですので、何回かにわけてご紹介したいと思います。もちろんすべて最寄りの駅からのバスと徒歩圏内です。

 今回新たにご紹介するのは、旧北リアス線の区間(宮古駅~久慈間)です。第1弾でご紹介した旧JR山田線についても、グレードアップして掲載しました。

 

 三陸鉄道の駅名にはすべて愛称もつけられています。ここでは一緒にご紹介させて頂きたいと思います。是非、皆さんも三陸鉄道に乗って旅に出ませんか。


<関連情報> 

*BRT(Bus Rapid Transit:連節バス、PTPS(公共車両優先システム)、バス専用道、バスレーン等を組み合わせることで、速達性・定時制の確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステム(国土交通省のホームページより)