作成日:2026/1/11  

訪問日:2025/10/23

 

山形鉄道高畠線

~フルーツと廃線跡の街を歩く~

 

【カテゴリ:自然・温泉・鉄道・文化遺産】


フルーツと廃線跡の街 高畠

 

  山形県の置賜地方に高畠町という人口約2万2千人の街があります。フルーツの町として有名で、特にぶどう(デラウェア)の生産量は日本一です。ラフランス発祥の地としても知られており、ぶどうを生かした高畠ワイナリが有名です。古墳等の遺跡なども多く発掘されており、自然と文化に満ち溢れた街です。

旧高畠駅
旧高畠駅

  そして高畠町は旧山形鉄道高畠線の廃線跡が残る街でもあります。山形鉄道高畠線は、現在の奥羽本線高畠駅にあった糖ノ目(ぬかのめ)駅と二井宿駅間を結んでいた約10.6kmの鉄道でした。鉱石、木材や乳製品、果物などの輸送を行っていましたが、トラック輸送の発展により1974年に廃止されました。

 

 昔から廃線跡、秘湯、秘境などといった少しマニアックな場所を歩くのを趣味としていましたが、実は廃線跡については、今では立派な道路に代わっていたり、自分の地図の読解力がないために熊の出そうな道なき道に迷いこんだりと途中断念する場合が多く、本ブログでご紹介するに至らない状況でした(直近では「旧橋場線跡」で途中断念)。

高畠ワイナリ
フルーツの街高畠のシンボル「高畠ワイナリ」

  その中でもこの高畠線跡は比較的はっきりとその廃線跡が残されており、道案内もしっかりしていると聞きました。そしてなにより高畠線は高畠の町のメイン所を数多く走行していたので、廃線跡を歩きながら高畠の街並みを味わうことができるという、一石二鳥の贅沢なコースのようです。

 

 このような廃線跡を晩秋の晴れた日に一日かけて歩いてみました。ここでは旧高畠線の線路に沿って主要区間ごとに4ブロックに分けて見所をご紹介させて頂きたいと思います。

旧山形鉄道高畠線(高畠町郷土資料館)
旧山形鉄道高畠線(高畠町郷土資料館)

高畠線跡を歩く(1)旧糖ノ目駅~旧一本柳駅間

 

旧高畠線スタート地点
旧高畠線スタート地点

  旧高畠線の廃線跡は奥羽本線の高畠駅のすぐ傍がスタート地点になります。ここから本日の終着点である旧二井宿駅跡まで約10.5km、徒歩で約2時間半の道のりです。

 

 この廃線跡の大部分は、サイクリングロードとしても整備されているため、非常に気持ちのよいウォーキングを楽しむことができました。旧一本柳駅跡までの一部は山形新幹線と並行している箇所もあり、まるで田んぼの上を走行する山形新幹線と出会うことができました。山形新幹線に出会うとなぜか嬉しい気分になります。

田んぼの間を走る山形新幹線
田園地帯を走行する山形新幹線に遭遇(E8系だ!)
気持ちのいい廃線跡歩きを楽しめる
気持ちのいい廃線跡歩きを楽しめる

高畠の見所①高畠駅のダイヤ 

高畠駅
高畠駅

  旅の起点は奥羽本線の高畠駅です。ここは旧高畠線の始発駅であった糖ノ目駅があったところでもあります。高畠線廃止後も糖ノ目駅の名前は残り、山形新幹線が開業する約1年前に高畠駅と改称されました。

 

 写真をご覧いただければと思いますが、このとんがり屋根は高畠が生んだ童話作家浜田広介(後述)をイメージしているようです。

 この高畠駅は今では山形新幹線も止まる大きな駅です・・と言いたいところですが、実は山形新幹線の多くはこの高畠駅を通過します。具体的には山形新幹線がほぼ1時間に1本運行しているのに対して、高畠駅には概ね2本に1本しか停車しません(すなわち2時間に1本程度しか停車しません)。山形新幹線には速達タイプ(始発駅と終着駅、主要駅しか止まらない列車)と各駅タイプがあり、各駅タイプは全駅停車ならわかるのですが、その各駅タイプの山形新幹線ですら高畠駅だけは通過するのです(注:2025年11月時点のダイヤです)。右の写真の時刻表をご覧頂きたいと思いますが、1日7本とかなり悲惨な状況です(笑)。

高畠駅時刻表(25年9月時点)
高畠駅時刻表(25年9月時点)概ね2時間に1本しか停車しない!

  そもそも高畠駅と隣の赤湯駅は6kmしか離れておらず、時間にしてわずか5分の距離です。山形新幹線の福島~新庄間は在来線特急区間でもあるので、このわずかな距離の間に停車駅を設けるのは「あり」としても、なぜ高畠駅だけが山形新幹線の停車が少ないのでしょうか。

 

 いろいろ調べてみるとどうも「高畠駅」は主要駅ではないというのが理由のようです。ただ「主要駅」の定義がしっくりしません。1つ考えられるのは、米沢~新庄駅の停車駅で唯一(実は唯二)、高畠が市ではなく町だということです。これはこれで1つの理由として理解できます。ただここで「唯二」と書いたのは、大石田も「市」ではなく「町」なのです。そしてこの大石田駅はほぼすべての列車が停車するのです。山形を愛する私としては市町村間の比較はしたくないのですが、大石田駅も決して主要駅とはいえません。このあたりは単線区間であること、在来線も乗り入れているというダイヤ編成上の制約があるのでしょうか(関連記事「山形新幹線のダイヤ編成」 )。

高畠の見所➁駅舎にある温泉「太陽館」 

太陽館
太陽館

  ぜいぜい、どうも山形新幹線のダイヤ編成になると熱くなるところがあるようです(笑)。前置きが長くなりました。JR高畠駅の改札口を出るとすぐ左手に温泉「太陽館」があります。館内にはサウナや売店などがあり、またレンタサイクルの貸し出しも行っているので、高畠巡りの拠点として便利です。実際、高畠線跡を歩きではなく自転車で廻る方も多いようです。

 

 温泉はアルカリ性単純温泉ですので疲労回復に効能があるとされています。私は廃線歩きの最後に浸かりました。駅舎内の施設ですので、岩手県のほっとゆだ駅構内にある温泉のように、列車が近づくことを知らせてくれるサービスを期待していましたが、それはさすがにありませんでした(笑)。

 なお売店にあった本場玉こんにゃくを食べましたが、絶品の味でした。

高畠の見所③浜田広介記念館 

浜田広介記念館
浜田広介記念館

  高畠駅から約2.0km、徒歩で約25分のところに高畠町出身の童話作家浜田広介の記念館があります。浜田広介は1893年に高畠町の農家に生まれました。当初は短編小説を書いていましたが、その後、日本の童話文学の先駆け的存在として名を馳せるようになります。日本のアンデルセンとも呼ばれることもあり、約1000編もの童話や童謡を世に送りだしました。代表作に「泣いた赤鬼」等があります。

 

 浜田広介記念館は浜田広介の偉業をたたえるために1989年に設立されました。記念館では「泣いた赤鬼」のスライドや朗読、映像などを通じて浜田広介に触れることができます。また敷地内には江戸時代末期に建築されたという「ひろすけ生家」が復元されていました。子供から大人まで楽しむことが出来ると思います。

浜田広介記念館(生家)
浜田広介記念館(生家)
浜田広介記念館
浜田広介記念館


高畠線跡を歩く(2)旧一本柳駅~旧高畠駅間

 

 浜田広介記念館を出てすぐのあたりが旧一本柳駅跡と思われるが・・
浜田広介記念館を出たあたりが旧一本柳駅跡と思われるが・

  浜田広介記念館を出ると再びサイクリングロードして整備された廃線跡を歩きます。すぐに旧一本柳駅跡があるはずですが、恐らくこのあたりではないかと思われる場所は推定できたものの自信はありません。私の地図解読力が不足していることと、歩道沿いの至るところに休憩所が整備されているため、どこが駅跡なのかわかりませんでした。ちなみに旧竹ノ森駅跡はすぐにわかりました。

ここは旧竹の森駅跡で、間違いなし
ここは旧竹の森駅跡で、間違いなし

  そして旧高畠駅に向かって歩いていると、なんと反対方向から鈴を鳴らしながら歩いてくる若い女性の方と出会いました。そういえば熊騒動のことはすっかり忘れていました。女性の一人歩きですから熊除けをしながら歩くのは止むを得ないですね。もちろん熊に遭遇すれば男性の私も状況は同じです。ただ一応、鈴は持参してきましたが、熊出没情報を見る限りこの辺りでの熊の目撃情報はないようでした。

 

 少し余談になりますが、今回の東北行きにあたり、行き帰りともに東北新幹線はガラガラでした。また何時もは取れない駅前のビジネスホテルも簡単に取ることが出来ました。地震と熊の影響でしょうか。東北地方の経済に与える影響が心配です。

高畠の見所④旧高畠駅跡

旧高畠駅 駅舎
旧高畠駅 駅舎

  浜田広介記念館から2.8km、徒歩約40分のところに、旧高畠線最大の駅にして現在でも駅舎跡が残る旧高畠駅に到着します。この駅は昭和9年に木造の駅舎から地元の高畠石(後述)を使った駅舎に建て替えられました。当時としては大変にモダンな作りだったようで、国の登録有形文化財に登録されています。周りには当時使われていた車両なども展示されていました。

 高畠町は今でこそ山形新幹線も停車する現在の高畠駅が街の玄関口の役割を果たしていますが、かつてはこのあたりが高畠町の中心地だったようです。

 

 ただ大変に残念だったのは、駅舎は鍵がかかっていて中に入ることができなかったことです。テレビの旅番組などで出演者が駅舎の中に入るシーンを見たことがあるので、地元の観光協会や役場の観光案内に問い合わせてみたところ、何かのイベントがあった時のみオープンするとのことでした。もし旧高畠駅に訪れることがあればご注意ください。

旧高畠駅跡
旧高畠駅跡
旧高畠駅跡
旧高畠駅跡

高畠の見所⑤昭和町並み(昭和ミニ資料館)

昭和ミニ劇場
昭和ミニ劇場

  旧高畠駅から約800m、徒歩で約10分のところに、東西1kmに渡る「昭和縁結び商店街」と呼ばれているエリアがあります。1974年に高畠線全廃後、町役場なども移転となりこのあたりは閑散としてしまいました。その後、1992年に開催されたべにばな国体をきっかけに、各商店はかつての活気あふれた街を取り戻すために、当時の生活品や電化製品、おもちゃなどを展示する「昭和ミニ資料館」が開館されました。店には○○号館と名付けられており、それぞれ昭和レトロを感じることができる独自の商品を陳列しています。ちなみに「縁結び通り」という名前は、素敵な出会いがあるようにと名付けられたようです。

 

 私も素敵な出会いがあるように歩きましたが(笑)、そもそも老若男女、誰一人として出会うことはありませんでした(笑)。写真は昭和ミニ劇場(3号館)で、ここには昔懐かしい映画のポスターが展示されていました。映画ファンとしてはかなりの時間を費やしてしまいました(関連記事「レトロな東北を歩く」 )。

昭和ミニ資料館案内図
昭和ミニ資料館案内図
昭和縁結び通り
昭和縁結び通り


高畠線跡を歩く(3)旧高畠駅~旧八幡宮前駅間

 

 旧高畠駅を出てしばらくすると国道113号線と合流します。このあたりから国道沿いを歩くことになるので、残念ながら廃線跡歩きの趣はなくなってしまいました。そしてこの国道113号線はなんと七ケ宿を経由して白石まで通じているのです。かつて桑折駅近くにある追分に出向いた時、是非、機会あればこの道を歩き七ケ宿まで歩いてみたいと思っていた道です(関連記事「駅前が面白い」

 

 そして旧高畠駅から2.1km徒歩約30分のところに「まほろば石の里公園」がありました。このあたりはかつての「八幡宮前」駅があった場所です。

まほろば大橋
まほろば大橋
国道113号線と合流
国道113号線と合流(この先は白石に通じている)

高畠の見所⑥うきたむ風土記の丘考古資料館

浜田広介記念館
うきたむ風土記の丘考古館

  「まほろば石の里公園」の一角に「うきたむ風土記の丘考古資料館」があります。ここには山形県内で発掘された旧石器時代から古墳時代に至る出土品等が展示されていました。中には山形県最古といわれている旧石器時代の石器や国の重要文化財にも登録されている土器などもあり、見所満載の資料館です。ちなみに「うきたむ」という少し聞きなれない言葉は、日本書紀に出てくる置賜地方の古い地名のようです。

 

 また資料館の敷地内には縄文時代から古墳時代にかけての竪穴住居等が再現されています。これらの資料館内/外の展示品全体を見学するのに1時間は必要でした。ここでもかなりの時間を費やすことになり、無事に終着の二井宿駅跡までたどり着くことが出来るか少し心配になってきました。

うきたむ風土記の丘考古館
うきたむ風土記の丘考古館
うきたむ風土記の丘考古館
うきたむ風土記の丘考古館

高畠の見所⑦阿久津八幡神社

阿久津八幡宮
阿久津八幡宮

  阿久津八幡神社は貞観2年(860年)、慈覚大師が豪族阿久津磐三郎の協力を得て阿弥陀堂を建てたのが始まりと言われている大変に由緒ある神社です。慈覚大師は山形市の立石寺(通称:山寺)、松島の瑞巌寺等を開いたともいわれています。本ブログでも「もう1つの山寺」として知られる垂水遺跡の荘厳な景観に心を惹かれ、慈覚大師が山寺開基の構想を練った場所としてご紹介させて頂きました。

 

 その後、平安後期になると奥州平定のため源義家が戦勝を祈願して鎌倉八万宮を勧請したと言われていますが、事実は定かではないようです。境内には三重塔、舞楽殿、本殿があり、山形県の指定文化財になっています。

三重塔
三重塔

  ちなみに慈覚大師は僧です。慈覚大師が開いた山寺や瑞巌寺などはいずれも「お寺」です。その慈覚大師が神社を建てたということになります。

 

 ご存じの通り、このあたりの事情は神仏習合の文化と関係しているようです。古来より日本では宗教に対して寛容と柔軟なところがあり、神道と仏教という異なる宗教をお互いに認め合って共存してきた歴史があります。明治に入って神仏分離政策が行われるまで続くことになります。そのため僧が神社を建てることは決して珍しいことではないようです。

 春の桜に始まり四季折々のお祭りなど1年を通して見所が多い神社とのことです。

高畠の見所⑧高畠町郷土資料館    お勧め!

浜田広介記念館
高畠郷土資料館

  阿久津神社の境内に高畠町郷土資料館があります。ここでは高畠町から出土された石器、土器、土偶などといった考古資料、古文書、大谷地開拓の農具、高畠線の資料等が展示されていました。ここの建物も高畠町から出土された高畠石(後述)を使用した鉄筋コンクリート二階建てとなっています。古代の高床式建造物を模して造られたとのことです。

 

 考古学的な資料については、先にご紹介した「うきたむ風土記の丘考古館」と被る内容ではありますが、実はこの高畠町郷土資料館は以下の2点で見ごたえ十分でした。加えて入館料が100円と格安です(注:2025年10月時点)。大谷地や旧高畠線にご興味ある方には是非お勧めです。

旧高畠線時刻表(高畠町郷土資料館)
旧高畠線時刻表(高畠町郷土資料館)

●大谷地開拓について理解を深めることが出来た

 大谷地といえば別ページにて、このあたりはかつて10万年前から形成されてきた泥炭地であったこと、一歩踏み込めば泥に沈むような土地を、先人の努力により豊かな田園地帯を作りあげてきたこと、そして今度はそこにある白竜湖が排出する河川がないことや水質の富栄養化により沈みつつあり今世紀中の消滅が危惧されていること等をご紹介させて頂きました。ここではその一連の歴史が詳しく展示されており、改めて大谷地について理解を深めることができました(関連記事「白竜湖の自然」

 

●高畠線について理解を深めることが出来た

 今回のテーマでもある高畠線について、かつては製糸業が発展したため工業製品の輸送を目的に敷設されたこと、その後、工業製品以外に木材、乳製品、木炭、果実の輸送も担い、地場産業の発展に貢献してきたこと、トラック輸送にその座を譲り渡し廃線になったことなどが解説されており、改めて高畠線の理解を深めることができました(むしろここで得た情報が本ページのベースになっています)。また懐かしの時刻表等が展示されており、ここでもかなりの時間を費やしてしまいました。


高畠線跡を歩く(4)旧八幡宮駅~旧蛭沢駅間

 

 阿久津神社を過ぎてさらに国道113号線を進むとサイクリングロードと別れを告げ、完全な国道歩きになります。歩道がないため、歩行には十分な注意が必要です。そして阿久津神社から1.2km、徒歩15分のところに爪割石庭公園がありました。このあたりは旧蛭沢駅のあったところです。

サイクリングロードと別れを告げる
サイクリングロード(左手)と別れを告げる
このあたりが旧蛭沢駅跡と思われる
このあたりが旧蛭沢駅跡と思われる

高畠の見所⑨爪割石庭(うりわりせきてい)公園

爪割石庭公園
爪割石庭公園

  驚きの光景が待っていました。高さ30mにも及ぶ垂直に切り立った岸壁が圧倒的な迫力をもって現れたのです。何が驚いたかというと、これが長年に渡り作りだされた「自然の造形美」ではなく、そのほとんどが人手により削り出された「人工の造形美」だということです。この迫力をお伝えするために、人と一緒に撮影した写真を見かけることがあります。私も試みようとしましたが、いかんせん訪れる人が全くいなかったため(笑)、人と一緒に撮影することができませんでした。

爪割石庭公園
爪割石庭公園

  ここは古くから高畠石の石切場だったところです。この高畠石は火山の噴出物が積もってできた凝灰岩で火に強いのが特徴です。そのため古墳時代の石室や民家の石塀などに使われてきました。先にご紹介した旧高畠駅の駅舎などもここで掘られた高畠石が使われています。明治から昭和にかけて最盛期には約30人の石工が働いていたとのことですが、後継者不足やセメントの普及などにより平成22年に閉場となりました。平成22年ですから結構、最近まで採掘されていたことになります。

 

 なおこの広場では山形名物の芋煮会が開催されたり、反響のよさから過去にはコンサートなども行われていたようです。ちなみに「爪割石」という変わった名前は、石切場の清水に爪を冷やしたところ爪が割れたところからつけられたと言われています。


途中で立ち寄った道の駅たかはた
途中で立ち寄った道の駅たかはた

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 さて朝の9時に高畠駅を出発して旧高畠線跡を歩いてきましたが、途中、寄り道をし過ぎたようです。爪割石庭公園を出たのが16:30過ぎで、晩秋の頃もあり既に日が陰り始めてきました。この先も廃線跡が2駅ほど残っていましたが、高畠の街のメイン所は終わりのようです。これから約2時間近くかけて高畠駅まで戻る必要があるので、残念ながら本日の廃線跡歩きはこれで終わりにしました。

 

 ある程度時間を要することは想定していましたが、あと1時間不足していたようです。日の長い夏であれば終着の二井宿駅跡まで到達できていたかもしれないと思うと、自分の計画性の無さを情けなく思いながら高畠駅への帰路につきました。高畠駅に着いたのが18:10過ぎでした。もちろん辺り一帯真っ暗になっていました。

 廃線跡を歩きながら高畠の見所を9ケ所も訪れることができて満腹状態です。すっかり高畠町のファンになってしまいました。また機会あればこの続きを楽しみたいと思います(できれば今回の終着である旧蛭沢駅跡をスタートして二井宿駅跡を経由して七ケ宿までを歩いて・・)

 

 

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<関連情報>

①是非、立ち寄りたい周辺のお勧め

高畠ワイナリ
高畠ワイナリ

高畠ワイナリ

ぶどうの街高畠を象徴するような高畠ワインの製造工場です。製造工場の見学(一部)はもちろん、試飲、さらにはテイステイングまでできます。後で知ったことですが地下セラーも見学できるようです。ワイナリショップでの買い物や軽食などワイン好きの方であれば半日は過ごせそうなところです。高畠駅から徒歩10分のところにあります。