作成日:2026/5/1

 

三陸鉄道各駅停車 ver2-2update!

(旧JR山田線区間)

 

【カテゴリ:鉄道】


 三陸鉄道(三鉄)の魅力をお伝えするために、これまで出向いた三陸鉄道沿線の中から、各駅ごとに1ケ所見所を厳選してご紹介させて頂いています。ここでは旧JR山田線を取り上げます。

 

関連記事「三陸鉄道各駅停車(全体)」 

三陸鉄道(旧JR山田線)

三陸鉄道屈指の名所「大沢橋梁」
三陸鉄道屈指の名所「大沢橋梁」

  三陸鉄道旧JR山田線は、被害の規模が大きかったこと、かねてより赤字ワースト3であったことなどより、JRはBRTへの転換を地元に提案したものの、地元市町村や住民の反対にあいました。最終的に鉄道としての再建を選択、その費用はJRが負担し、再開後、三鉄に無償譲渡することになり、久慈~盛までの日本で最長の第3セクターの鉄道として繋がったのです。

 ここではこれまで出向いた三陸鉄道旧JR山田線の中から、各駅ごとに1ケ所見所を厳選してご紹介させて頂きたいと思います。もちろんすべて最寄りの駅からバスと徒歩圏内です。また三陸鉄道の駅名にはすべて愛称もつけられています。ここでは一緒にご紹介したいと思います。

 なお東日本大震災の震災遺構は「3.11被災地を歩く」で取り上げていますので、併せてご参照頂ければと思います。

 是非、三陸鉄道に乗って旅に出ませんか。


魹ケ崎【宮古駅(愛称:リアスの港)】

 

 宮古駅は沿線の主要都市です。愛称にもなっている「リアスの港」は沿岸部の中心の港町であることに由来するようです。この宮古には義経が平泉を逃れ参籠した伝説がある横山八幡宮、僧侶が「さながら極楽浄土のごとし」と感嘆したことから名づけられた浄土ヶ浜など見所満載ですが、やはり「東北を歩く」としては、本州最東端の魹ケ崎をお勧めします。変化に富んだアプローチ、雄大な大自然、どれをとっても素晴らしいの一言です。JR宮古の駅からバスと徒歩で約100分です。なお魹ケ崎については別ページ魹ケ崎を歩くでご紹介させて頂いていますので、ご参照頂ければ幸いです。

宮古駅
宮古駅(1985年撮影)
魹ケ崎本州最東端の碑
魹ケ崎本州最東端の碑(1990年撮影)


くじらと海の科学館【岩手船越駅(愛称:本州最東端の駅)】

 

 上記でご紹介した魹ケ崎は本州最東端の「地」ですが、ここ岩手船越駅は愛称にもなっているように本州最東端の「駅」です。かつて周辺には沿岸部唯一の遊園地「マリンパーク山田」がありました。いろいろなアトラクションがあり、1992年に開催された「三陸・海の博覧会」の会場にもなりました。ただその後は不況や少子化などにより入園者も減少の一途をたどり、ついに1999年3月に閉園となってしまいました。1988年開園ですから、わずか11年という短命の遊園地でした。

 

 その後に残されたのが「くじらと海の科学館」です。1987年に三陸沖で大きなマッコウクジラが捕獲されたことをきっかけに作られたという、文字通りくじらを中心とした三陸の海やその周辺の自然環境が展示されています。東日本大震災の時は甚大な被害を受けて、長期間、休館となっていましたが、2017年に再開されました。岩手船越駅から徒歩8分です。  

岩手船越駅
かつてのマリンパーク山田(1990年撮影)
くじらと海の科学館
くじらと海の科学館(2019年撮影)

震災後の岩手船越駅
震災後の岩手船越駅(2019年撮影)


浪板海岸【浪板海岸駅(愛称:片寄浪のサーフサイド)】

 

浪板海岸駅
浪板海岸駅(1990年撮影)

  波板海岸駅から徒歩10分のところに波板海岸があります。ここの海岸は、愛称にもなっている返し波のない「片寄せ波」の海岸として有名です。目の粗い砂に波が吸い込まれてしまうので、返しがないということです。ただ大変にお恥ずかしい話なのですが、私には「片寄せ波」の意味が理解できていません。確かに普通の海岸と比べると返す波が少ないとは思いますが、全く返す波がないこともなく、どこが「片寄せ波」なのかわかりませんでした。少し深く考えすぎているのか、通常の海岸より返す波が少なければそれでいいのか、もしくは私の理解が不足しているのか、是非、詳細をご存知の方がいらっしゃれば教えて頂ければ幸いです。

 

 なお浪板海岸は、東日本大震災により砂浜が消滅したようですが、その後も返す波が小さいようです。従って片寄せ波の原因が、砂の目が粗いためそこに波が吸い込まれているためでもないようです。駅から徒歩10分です。

浪板海岸(1990年撮影)
浪板海岸(1990年撮影)


蓬莱島【大槌駅(愛称:鮭と瓢箪島の町)】

 

蓬莱島
蓬莱島(2019年撮影)

  大槌駅から約4km、徒歩約60分のところに大小2つの丘が連なったひょうたん形をした蓬莱島があります。駅の愛称にもなっている通り、かつてNHKで放送されていた「ひょっこりひょうたん島」のモデルと言われています。小さい方の丘には、灯台がありましたが、東日本大震災により倒壊、その後、再建されました。大きい方の丘には弁財天神社があり、そこで祀られている弁財天は漁民の守り神とされてきました。東日本大震災でも奇跡的に流出は免れました。ただ顔などに傷があったため修復されたようです。

 

 本当にひょっこりひょうたん島のモデルだったのか、若干、眉唾ですが、なかなか変わった島ですので、是非、一度は訪れてみては如何でしょうか。

震災後の大槌駅(2019年撮影)
震災後の大槌駅(2019年撮影)


復興スタジアム【鵜住居駅(愛称:トライステーション)】

 

ワールドカップ後の復興スタジアム(2026年撮影)
ワールドカップ後の復興スタジアム(2026年撮影)

  鵜住居(うのすまい)駅近くには根浜海岸という風光明媚な海岸がありますが、ここでは駅の愛称にもなっている復興スタジアムをお薦めしたいと思います。記憶に新しいところで、2019年に日本でラグビーワールドカップが開催されましたが、その時の会場の1つです。

 この地域一帯は東日本大震災で甚大な被害を受けました。元より釜石がラグビーの街として有名であったこともあり、復興支援のためラグビーワールドカップの会場の誘致を進め、実現されたものです。ちなみにワールドカップ会場の中で唯一の新設会場だったようです。あの時の興奮はまだ頭の中に残っています。

 

 私が訪れた時はまだ会場建設中の最中でしたが、正直、交通の便が心配でした。なにしろアクセス手段といえば、三陸鉄道のみでしたので、試合当日はどのように来場者をさばくのか心配していましたが、特に問題もなく終えたようです。駅から徒歩8分です。 

震災前の鵜住居駅(1990年撮影)
震災前の鵜住居駅(1990年撮影)
震災後の鵜住居駅(2025年撮影)
震災後の鵜住居駅(2025年撮影)


鉄の歴史館【釜石駅(愛称:鉄と魚とラグビーの町)】

 

鉄の歴史舘
鉄の歴史舘(1987年撮影)

  駅の愛称にもなっていますが、ご存知の通り釜石は鉄の街です。日本初の西洋式高炉を建設した偉業を後生に残すために、鉄の歴史舘が1985年に開館、1994年にはリニュアルされました。私が出向いたのは1986年ですから、写真は開館直後の写真です。舘内には、原寸大に復元された高炉の大模型や映像による鉄鋼産業の近代化、釜石の鉄の歴史、関連した人物の紹介などが展示されていました。釜石駅からバスと徒歩で40分、または平田駅から徒歩25分です。 

震災後の釜石駅(2019年撮影)
震災後の釜石駅(2019年撮影)

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三陸鉄道 旧北リアス線各駅停車」へのリンク


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