作成日:2023/8/25
訪問日:2023/8/9
三崎峠と秘境駅女鹿
~奥の細道の難所を歩く~
【カテゴリ:鉄道、自然、文化・遺産】
奥の細道の難所
新潟県から秋田県を経て青森県に至る日本海沿いのメインルートとして国道7号線がありますが、丁度、山形県と秋田県の境に三崎峠という小さな峠があります。古来より羽州街道の中でも随一の難所とされ、有耶無耶の関が置かれ人々の往来の取り締まりが行われてきました。

そしてあの松尾芭蕉が奥の細道として歩いた道でもあります。少し突き出た小さな半島のような形をしており、鳥海山の繰り返される噴火活動によって溶岩が固まり、現在の地形が形成されたと言われています。またかつては庄内藩、久保田藩が戊辰戦争で争った三崎山古戦場地としても知られています。
かねてより歴史と自然に満ち溢れた三崎峠を歩いてみたいと思っていましたが、それが実現したのが2023年の夏でした。そして同じくかねてより訪れたいと思っていた秘境駅(脚注ご参照)も訪れることができました。ここでは松尾芭蕉も歩いたという三崎峠と秘境駅についてご紹介したいと思います。
なおこの三崎峠は丁度山形県と秋田県の県境に位置するため、三崎峠をご紹介するにあたり、秋田県に分類すべきか山形県に分類すべきか迷いましたが、歩道入口にある熊注意の看板(後述ご参照)が秋田県にかほ市の名前で出されていたため、「秋田を歩く」に分類させて頂きました。
さてこの三崎峠を通る道ですが、事前の調査の段階で幾つかの道があることがわかり、かなり調査に時間を要しました。そしてわかったことは、図の通り、4本の道があるということです。現在の幹線道路である国道7号線(青色)、旧国道(赤色)、古道(奥の細道:緑色)、三崎公園遊歩道(黄色)の4本です。今回は奥の細道でもあった古道(奥の細道)を歩くこととしました。ただこの道は三崎公園遊歩道を何か所にもわたり交差しており、また古道の標識もあまり整備されていなかったため、迷った箇所が何か所かありました。それも歩いていると迷った時の秘訣が自然にわかってきたので、後で触れたいと思います。
三崎峠へ向かう

旅の起点ですが、これが今回一番の難関でした。アクセスガイドによると羽越本線の「女鹿駅」が最寄りの駅ですが、この駅は知る人ぞ知る秘境駅なのです(注:脚注ご参照)。写真をご覧頂ければと思いますが、下り列車は1日に4本(しかも昼間は1本だけ)、上りに至ってはなんと朝一に2本しか止まらないのです。従って女鹿駅で下車⇒三崎峠⇒女鹿駅経由で戻るというルートが取れないのです。あえて言えば、秋田方面から上りの7:07で女鹿駅を降りて、三崎峠往復、下りの12:53で秋田方面に戻るという手がありますが、上りの7:07にはどうも間にあいそうにありません(23年8月時点の時刻表です)。
止むを得ず行きは女鹿駅の1つ手前の吹浦駅でタクシーを使い三崎峠まで行き、三崎峠を歩いた後は女鹿駅まで歩いて戻り、昼間に1本しか停車しない下り列車に乗り秋田方面に向かうことにしました。私の旅のルールでも、止むを得ない事情に限り片道のみタクシーを使うことを良しとしています。従い、ここでは旅の起点は羽越本線の吹浦駅とさせてもらいます。
なお1988年に初めて吹浦駅に降りた時の旅日誌を見ると、「この駅は女性の職員が多いようだ」と書かれていました。多いということは2人以上だったのでしょうか。もちろん現在は無人駅です。時代の流れを感じました。


三崎峠を歩く

当日は吹浦駅からタクシーを使い三崎峠古道口まで行き、そこから古道歩きを始めようとしたのですが、出発地点で早速緊張が走りました。なんとそこには「熊出没注意」の看板があったのです(先ほどご紹介した秋田県にかほ市の看板です)。どうも数日前に熊が出没したようです。まさか東北地方の幹線道路である国道7号線沿いで熊が出るとは想定もしていなかったので、いつも登山をする時に持ち歩いている熊除けの鈴を持ってきていませんでした。本州に生息するツキノワグマは、元来が臆病で、基本は人に襲ってこないのですが、今年(2023年)に入り各所(特に青森、岩手、秋田の東北3県)でケガ人が出ています。生態系の変化が発生しているのでしょうか。一応の注意を払いながら歩き始めました。

古道自体は多少のアップダウンはありましたが、一部を除き(後述ご参照)極めて快適な道でした。雄大な日本海の自然、大師堂(三崎神社)、一里塚といった史跡、三崎灯台などもあり楽しく歩くことができました。ちなみに大師堂は慈覚大師によって建てられたと言われています。慈覚大師は東北各地を行脚し、山寺や松島の瑞巌寺を始め多くのお寺を建てたことで知られています。またご存じの通り、一里塚とは江戸時代に主要街道に一里おきに作られた塚のことです。

実は道中、快適ではあったものの、ずっと悩まされていたことが2点ほどありました。まず第1に古道のいたるところに蜘蛛の巣が張り巡らされていて、それを除けながら(払いのけながら)歩いたということです。それもかなりの蜘蛛の巣の量でした。山道で蜘蛛の巣があるのはよくあることですが、これは最近この道を歩いた人がいなかったということになります。最初に見た「熊出没注意」の看板が頭をよぎり、若干、不安な気持ちになりました。

そしていたるところで三崎公園遊歩道と交差していて、若干、道がわかりづらかったことです。「旧街道(古道=奥の細道のことです)」と案内されているところもありましたが、大方は案内板もない箇所が多かったです。その時に考えたのは、古道は文字通り江戸時代からの道、遊歩道は最近整備された道、すなわち分岐点で迷った時には、整備されていない方が古道に違いないと思い、そのルールで歩きました。どうも正解だったようで、無事にゴールまで辿りつくことができました。

歩行時間として1時間弱、予定より早く終着点に到達することができました。少し時間の余裕があったので、先ほどご紹介した道の1つである旧国道を使って女鹿駅まで歩こうかと思いましたが、万が一、道に迷ったりすると女鹿駅での昼間1本しか停車しない普通列車に乗り遅れてしまうと思い、ここは安全策を取り、国道7号線沿いに女鹿駅に向かうことにしました。
秘境駅に向かう

三崎峠から歩くこと約40分、秘境駅である女鹿駅に着きました。ただ確かに周りは何もない駅ではありましたが、国道からわずか200m入ったところに駅があり、他の秘境駅と比較しても秘境度の低い秘境駅ではないかと思いました。また事前にネット等で確認していた駅舎と比べて新しくなっていました。調べたところ、5~6年前に建て替えられたようです。このあたりが秘境度を落としているのかもしれません。

女鹿駅での列車の待ち時間の間、何人かの方が車で女鹿駅に訪れてきました。皆さん、駅前で写真を撮った後は颯爽と次の目的地に向かって女鹿駅を去っていきました。恐らく羽越本線の他の秘境駅(脚注ご参照)に向かったものと思われます。もちろん車を使って秘境駅を訪れることは悪いことではありませんが、やはり鉄道の秘境駅ですので、時刻表と睨めっこしながら鉄道を使って訪れた方が、より達成感があるのになあと思いながら、駅舎で待っていると下りの普通列車が定刻通りに到着しました。予定通り下り列車に乗り次の目的地に向かいました(関連記事「秘境駅から歩く」)

当日は(秘境駅ファン以外)誰に会うこともなく、松尾芭蕉も歩いたという奥の細道の難所、雄大な日本海、史跡、秘境駅と見所満載の1日でした。
実は正確にいうと、古道入口にアイスクリームを売っている地元の方がいらっしゃいました。少しお話をさせて頂きましたが、土日に限り男鹿から来られているようでした。その日は平日でしたが、特別に来られているようでした。当日、庄内地方が38度近い猛暑日だったということもあり、アイスクリームは大変に美味しかったです。また熊出没の件もご存じのようでしたので、少しお話をさせて頂きました。
歴史と自然を満喫できる奥の細道の難所を訪れてみませんか。もし鉄道と徒歩で訪れられるのであれば、最大の難関は鉄道のダイヤです。時刻表と睨めっこしながら、昼間はほとんど列車が止まらない女鹿駅を利用する旅程を組むのも楽しいと思います。
<関連情報>
①秘境駅
・牛山隆信氏「秘境駅ランキング2023年度版」より引用。羽越本線では、女鹿駅が25位、折渡駅が44位、桂根駅が86位にランキングされている。
➁是非、立ち寄りたい周辺のお勧め
十六羅漢(1988年撮影)
吹浦海禅寺の寛海和尚が漁師の供養と海上の安全を祈願して5年の歳月をかけて作った。吹浦駅より徒歩15分
白瀬南極探検記念館(1991年撮影)
地元金浦町(現にかほ市)出身の南極探検家白瀬矗(のぶ)の業績を記念するために作られた。設計は建築家である黒川紀章。金浦駅より徒歩20分