作成日:2026/4/5 

 

三鉄とBRT ~震災以降の鉄道事情を考える~NEW! 

 


 先日、フジテレビ系列で「東日本大震災15年検証と復興の軌跡」という番組が放映されていました。ご覧になった方もいらっしゃると思います。番組では東日本大震災後の鉄道事情について特集していました。これまでずっと思っていたことを取り上げてくれたので大変に参考になりました。番組を見た上で震災以降の鉄道事情について少し考えてみたいと思います。

番組の概要

 

三鉄屈指の名所 大沢橋梁
三鉄屈指の名所 大沢橋梁

  番組は「甦れ東北の鉄路」というテーマで、これまでにも東日本大震災以降の被災地での鉄道事情について取り上げてきたようです。私も数年前から見始めました。今年の内容が、津波で壊滅的被害を受けた鉄道について、「鉄道としての復興の道を選択した三陸鉄道」と「鉄道としての復興を断念してBRTの道を選択したJR」というある意味、両極端な事例をもとにその後の状況を検証する内容でした。

 特に目新しい内容ではありませんでしたが、地元住民の意見や経営状況が数値で出されていたので大変に参考になりました。

三鉄の車両の前面にあるクゥエートの国章
三鉄の車両の前面に書かれたクゥエートの国章

  番組の概要は以下の通りでした(ネタバレにならないようにお願いします)。なお番組では常磐線も取り上げていましたが、常磐線の場合、原発事故からの復興という別の事情もあるので、ここでは対象外としました。

 

①三陸鉄道

・三陸鉄道(以下三鉄)は、震災当時の社長の方針もあり、鉄道の復興を最優先課題として取り組み、3年後の2014年には全線再開を実現した。その背景となったのが、「何もしなければ廃止の憂き目にあう」「鉄道が廃止されて栄えた街はない」という当時社長の強い危機感と信念であった。

三鉄の車両の側面に書かれたクゥエートへの感謝の言葉
車両の側面に書かれたクゥエートへの感謝の言葉

・旧山田線は、被害の規模が大きかったこと、かねてより赤字ワースト3であったことなどより、JRはBRTへの転換を地元に提案したものの、地元市町村や住民の反対にあった。最終的に鉄道としての再建を選択、その費用はJRが負担し、再開後、三鉄に無償譲渡することになった。これにより久慈~盛までの日本で最長の第3セクターの鉄道として繋がった。

 

 なおご存じの通り、復興にあたっては、中東のクゥエート国よりの支援を頂きました。クゥエートよりの支援により作られた車両の前面にはクゥエートの国章、側面にはクゥエートへの感謝の辞が書かれています(写真ご参照)。

➁BRT

BRT(盛駅にて)
BRT(盛駅にて)

・一方、大船渡線、気仙沼線は被害が甚大であったこともあり、JRは鉄道としての復興を断念してBRTへの転換を地元自治体に提案、当初はBRTへの転換に反対する声があったが、最終的に鉄道維持のために自治体が負担する費用面で折り合いがつかず、BRTへの転換を選択した。

 

・BRTの運行経路は、JRの大船渡線や気仙沼線の経路だけではなく、地元の声を反映した形で病院や役所などの公共施設を巡回するルートを取った。そのため利便性は向上したものの、渋滞に巻き込まれる等、時間がかかるようになったという弊害が発生している。

BRT(内湾入口駅にて)
BRT(内湾入口駅にて)

・上記の通り、番組は若干、鉄道復興を後押しするような意図を感じました。そのためどこまで広く事業者や住民の声が反映されているのか疑問なところもありましたが、特に印象に残っているのは、BRT沿線の住民は当初より鉄道への復興を望む声が強かったこと(9割の地元住民が鉄道の復興を望み、6割がそのための費用負担はやむを得ないと思っている)、そして今でも鉄道の復興を望んでいることです。実際、大船渡市長は鉄道復興を公約に選挙に当選したとのことです。

 

・そして最も印象に残ったのは利用者が減ってきているということです。宮城県の志津川駅での1日あたりの乗降者数が、JR時代には285人だったのが、BRTになり38人に落ち込んだとのことです。BRT転換後の乗降客数についても、陸前高田駅では2020年の年間乗降客数が8万人だったのが、2024年には6万人に落ち込んだとのことです。

BRTに初めて乗った時の印象

 

BRT(奇跡の一本松駅)
BRT(奇跡の一本松駅)

  私が初めてBRTに乗った時の印象は別ページで記載していますが、概ね以下の通りです。

 

「JR時代の大船渡線、気仙沼線は1~2時間あたり1本の割合で運行していたが、BRTでは1時間あたり2~3本運行しているので非常に便利であった(注:当時の時刻表です)。また旧JRの駅だけではなく、地元住民向けに病院などの公共設備を廻るルートがとられていたり、観光客向けにも「奇跡の一本松」などに止まったりしたので非常にありがたかった。その分、時間を要したがやむを得ないのではないか」

BRT(大船渡駅)
BRT大船渡駅。街の玄関口としては寂しい印象

 「一方、JRの駅はたとえ人は少なくても見送り客やタクシーが集まってくる街の玄関口であった。ところがBRTの駅はあくまでもバス停なので、寂しい印象がある。ただこれはよそ者の勝手な感傷であることは理解している。今後、BRTを選択した大船渡線と気仙沼線、鉄道による復興を選択した三陸鉄道のその後に注目していきたい」

 

関連記事「BRTで行く奇跡の一本松」

BRT(大船渡駅)
震災前のJR大船渡駅。見送りやタクシ-などが集結していた

  私の印象とテレビ放映の内容は被るところがありますが、1点、私の認識が間違っていたことがありました。BRTは利便性のため、これまでより時間がかかるようになったがそれはやむを得ないと思ったのですが、地元の方にとっては大きな問題として取り上げられていました。例えば南三陸から気仙沼に通う高校生は、これまでの通学時間が50分であったのが、BRTになって1HR30分かかるようになったため部活をあきらめたとのことです。また仙台行きなどの長距離については、民間のバス会社の長距離路線が使われているとのことです。

 

 そして最後に書いた「BRTを選択した大船渡線と気仙沼線、鉄道による復興を選択した三陸鉄道のその後に注目していきたい」については、すでに方向性が見えてきているのではないでしょうか。

今後に向けて

 

三鉄沿線屈指の名所 小袖海岸(1989年撮影)
三鉄沿線屈指の名所 小袖海岸(1989年撮影)

  番組の内容やこれまでの鉄道旅、バス旅の経験、この冬に三鉄⇒BRT⇒JRを乗り継いで旅をした時の経験などより、大震災以降の鉄道について少し考えてみました。もし関係者がこのページをご覧になっていれば、少しでも頭の片隅に入れて頂ければ幸いです。※こんなこと言われなくてもわかっていると怒られそうですが、鉄道好き、バス旅好きの戯言として捉えて頂ければ幸いです。

 

(1)現在、災害が発生するタイミングで鉄道の廃止もしくはバスへの転換が検討されています(最近の例では岩泉線が土砂災害による脱線事故がきっかけに廃止された)。今回の東日本大震災のみならず、今後、そのような事態が発生した場合、今一度、鉄道の存続について、自治体、鉄道事業者、周辺住民等の関係者が将来を見据えて検討する必要はないでしょうか。大げさな話ですが、鉄路の廃止が地方の一層の過疎化を招き、ひいては日本全体の弱体化につながらないか懸念しています。

BRT沿線屈指の名所 碁石海岸
BRT沿線屈指の名所 碁石海岸(1989年撮影)

(2)鉄道存続のための最大の課題が費用であることは理解しています。これについても自治体、鉄道事業者、周辺住民が多くのアイデアを出しあう必要はないでしょうか。私もこれまでの鉄道やバス旅、今回の三鉄、BRTの旅を通じて思ったことは数多くあります。少しでも参考になれば幸いです。まだまだアイデアはありますが、順次掲載したいと思います。

 

①急行BRT、観光BRTの設置

 BRTが利便性のためこれまでより時間がかかるようになり、部活を辞めることになった事例はショックでした。現在、BRTには全駅停車の通常のBRTと快速BRTがありますが、停車駅にほとんど差がありません。主要駅に特化した急行BRT(例えばJRの駅を踏襲)、または奇跡の一本松や碁石海岸等といった観光を目的として休日のみ運行する観光BRTなど、メリハリをつけてみてはどうでしょうか。

 ➁BRTとコミュニティバス、長距離バスの棲み分け

譜代村村営バスにお世話になりました
譜代村村営バスにお世話になりました

  今年の冬に三陸海岸を旅する中で、地元の自治体が運営するコミュニテイバスをフルに活用させて頂きました。ただ特にBRT管轄区内では、コミュニティバスとBRTの停留所が同じであったり、経路も被るところがありわかりづらかったです。BRTが旧JR路線を踏襲するものなのか、地元住民のための生活の足なのか少し中途半端になっていないでしょうか。番組の中でもBRTが地元のバス事業者の経営に影響を与えていると報じていました。同じ被災地内です。是非、関係者がうまく棲み分けすることはできないでしょうか。上記①と被る(もしくは矛盾する)内容もありますが、以下の通り考えてみました。

 

・長距離移動はバス事業者の長距離バスもしくは特急BRTの設置(盛、大船渡、陸前高田、気仙沼のみ停車。気仙沼、盛ではJRと接続することにより東北新幹線とのアクセスを向上させる 等)

・BRTは旧JR駅のみに特化する(すなわち現在のBRTの路線をJRの路線に戻す)。

・BRTの各駅(停留所)から各市町村内の巡行は市町村が運営するコミュニティバスが担う

③コミュニティバスの時刻表改善

BRT(大船渡駅)
BRT(大船渡駅)

  今年の冬に地元の自治体が運営するコミュニテイバスをフルに活用させて頂く中で、どのコミュニティバスも同じような改善をお願いしたいところがありました。それは現地での滞在時間が取れなかったことです。

 

 普代村の村営バスを例にとります。右の写真は普代駅でのバスの時刻表です。譜代村は北山崎展望台、鵜鳥神社、黒崎灯台などの名所を抱えており、それらに行くことを予定していましたが、北山崎展望台はバスの終着ということもあり現地の滞在時間がゼロ分(バスは即折り返す)もしくは5分程度でした。鵜鳥神社は循環バスになっており次のバスまで4時間待ちという状況でした。恐らくバスの運転手の手配等の制約からこのような状況になっていると思いますが、せめて北山崎では20分の滞在時間があれば行くことができました。そのため最終的には黒崎灯台しか行くことができませんでした(北山崎からの折り返しの40分を利用)。

 

 今の時代、鉄道とバスで旅する人が少ないかもしれません。またコミュニティバスは地元住民のための足であるというご意見もあるかもしれませんが、折角、名所を回るバス路線になっているのですから、観光客向けの配慮もお願いしたいところです。さらに鉄道の到着時刻や発車時刻と連携させると、一層、観光客を呼び込めると思います。また別ページでも触れましたが、3.11の時に奇跡的に津波を防いだとされる譜代水門や太田名部防潮堤は、普代駅から北山崎に向かうバス路線の途中にありました。こういったことも宣伝すればどうでしょうか。

 なお譜代村の村営バスを例にとりましたが、他の市町村でも同じ状況でした。

④気軽に旅ができる料金体系

三鉄屈指の名所 大沢橋梁
三鉄屈指の名所 大沢橋梁

  今年の冬は三鉄についても十分に乗りました。ただ正直な話、運賃が高いように思いました。私の場合、大人の休日倶楽部パスを使いましたが、これがなければ三陸海岸には行くことがなかった(行けなかった)と思います。「高い」「安い」は感覚的なものですが、何度も往復できるようなフリー切符があればいいと思いました。もちろん1日もしくは2日間のフリー切符があるのは承知していますが、これだけの長距離路線ですので、長期間(3~5日程度)ゆっくり旅ができるような乗り放題の切符があってもいいように思えます。また地元産の名物(うに弁当など)がセットになっていれば大変魅力的です。

※すみません。好き勝手なことを言っていますね(笑)

⑤自治体と一体となったサービス提供

譜代の駅ではみちの駅が併設されている
譜代の駅ではみちの駅が併設されている

  フジテレビの番組では、宮古の市役所が三鉄の宮古駅の近くに移転して行政サービスの向上につながったと放映されていました。別の事例では、山形県の山形鉄道長井フラワー線でも長井駅の駅舎が市役所と兼ねるような取り組みをしています。ここまで行かなくても、三鉄岩泉小本駅では防災設備を兼ねていたり、三鉄普代駅ではみちの駅が併設されたりしていました。

 駅にくれば何かある、または駅に来ざるを得ないようにすれば乗降客のアップにつながると思います。幾つかの駅ではそのような取り組みをされているようですが、まだまだ駅前が寂しい駅もありました。

⑥そして周辺住民の皆様のご理解ご協力です。是非、三鉄、BRTに乗って出かけましょう

 

 

 

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