怪獣とマラソンの街須賀川 ~2人の偉大な円谷を生んだ須賀川の街を歩く~【2022/5/15訪問】

<カテゴリ:自然、文化・遺産>


 2人の偉大な円谷(つぶらや)と聞いてピンとくる方は、失礼ながらそれなりのご年配の方に違いありません。1人が怪獣映画の特撮で有名な円谷英二、1人が1964年に開催された東京オリンピックのマラソンで銅メダルを獲得した円谷幸吉です。私も還暦を過ぎた年ではありますが、正直、2人の記憶はほとんどありません。

街中いたるところにある怪獣モーニュメント
街中いたるところにある怪獣モーニュメント

 円谷英二については、小さい頃にゴジラやモスラの怪獣映画を見たこと、円谷幸吉については、マラソンで競技場に入った時は2位だったものの、競技場内で抜かれてしまい銅メダルになったこと、その後、国民の期待を背負ってしまい、最終的に自ら命を絶ってしまったことしか知りませんでした。偶然、円谷という同じ苗字ではありますが、そのような2人の偉大な円谷を生んだ街が、今回訪れた福島県の須賀川市です。 ちなみに須賀川市は、2013年にウルトラマンの故郷「M78星雲 光の国」と姉妹都市連携を行い、仮想都市「すかがわ市M78光の町」を作り出すという念の入りようです。もちろん「M78星雲 光の国」自体も仮想の都市です。

 そのようなユニークな取り組みをしている須賀川市を是非訪問しようと思っていましたが、丁度、円谷幸吉記念館が建設中で、それが令和3年秋に完成すると知り、その完成を待って訪れました。そしてその街並みを歩く過程で偶然に見つけた、かつての名画伯のこと、そしてその子孫は・・・驚きの事実を知ることが出来ました。また丁度、牡丹の開花の見ごろで市内にある牡丹園にも訪れました。見所満載の1日になりました。

須賀川駅
須賀川駅と駅前のウルトラマンモーニュメント

 旅の起点は東北本線の須賀川駅です。実は須賀川市の歴史は古く、江戸時代には白河藩領として奥州街道の宿場町として栄えていました。また松尾芭蕉が奥の細道の旅で、須賀川の宿に8日間も滞在したことでも知られています。福島第2の都市である郡山に近いことや、福島空港も近くにあることなどより、郡山のベッドダウンとして発展しております。

 さて須賀川の駅を降りると、駅前には早速、ウルトラマンのモニュメントがありました。私が降りた時には、モニュメントの前でお子さんがポーズを取って写真撮影するという微笑ましいシーンに出くわしました。駅前だけではなく、街中、いたるところに怪獣のモニュメントがあり、さすが怪獣の街です。 

須賀川市民交流センターtette
須賀川市民交流センターtette

 円谷英二を知る

  まず、円谷英二関連の施設を訪れました。円谷英二を詳しく知ることが出来るのは、須賀川駅から徒歩約15分のところにある「須賀川市民交流センターtette」内の「円谷英二ミュージアム」です。実は円谷英二については、怪獣映画やウルトラマンの監督という漠然としたイメージしか持ち合わせないまま現地に出向いたのですが、そこで見た文献によると、元々は戦前から戦争映画などを請け負っていたようです。ただその過程で撮影技術(今の言葉でいうと特撮)を磨き、徐々にその名声が高まり、戦後、1954年日本発の本格的怪獣映画「ゴジラ」の特撮を担当して、特撮としての円谷英二の名前は知られるようになりました。その後、「特撮の神様」と呼ばれるようになり、テレビにも進出して、ウルトラマンを生むに至ったようです。ただ円谷英二はこれらの怪獣映画やウルトラマンの監督と思っていましたが、監督は別にいて、円谷英二は特撮の監督だったようです。そのあたりの経歴が「円谷英二ミュージアム」に詳しく展示されていました。印象に残っているのは、「プロなら不可能があってはだめ」という円谷英二からプロ意識を学んだ展示でした。

円谷英二記念碑
円谷英二記念碑

 またtetteの周りには、円谷英二資料館、円谷英二記念碑などの設備があり、たっぷりと時間を過ごすことが出来ました。円谷英二資料館では、昔ながらのおもちゃが数多く展示されていました。

 なお須賀川市の郊外には、実際に撮影で使用したミニチュアなどの資料が展示されている「特撮アーカイブスタジオ」というものがあります。当初の計画ではそこにも立ち寄りたいとは思っていましたが、駅から車で20分というアクセス情報を見て断念しました。

円谷幸吉メモリアルパーク
円谷幸吉メモリアルパーク

 円谷幸吉を知る

 円谷幸吉は日本の陸上競技の長距離選手で、1964年に東京で開催されたオリンピックのマラソンで銅メダルを獲得しました。小さいころからその才能は注目されていて、トラック競技では好記録を連発していましたが、初めてマラソンに挑んだのはなんと東京オリンピックが開催された1964年の3月だったようです(ちなみに開会式は1964年10月です)。この時に好記録を出し、そのわずか3週間後の最終選考会で2位となり、その時の1位であった君原選手と東京オリンピックのマラソン選手に選ばれました。さらに10,000mの代表にも選ばれています。私は陸上競技の専門家ではありませんが、現代の常識からは考えられないのではないでしょうか。

 ①オリンピックの開催年に実施された選考レースで初マラソンを走り、そのまま代表になり、本番では銅メダルを獲った。

 ②さらにマラソンだけではなく10,000mの代表にも選ばれている。さらに本番では6位に入賞になった。

円谷幸吉記念館
円谷幸吉記念館(アリーナ内)

 後にも先にもマラソンと10,000mでダブル入賞したのは、円谷幸吉だけのようです。なにより現在では、選手の体調管理の観点から、マラソンと10,000m両方にエントリさせてもらえないのではないでしょうか。本当に偉大な長距離選手でしたが、マラソン終了後のインタビューでは、次のオリンピックでは銅メダル以上の成績を残すと宣言して、自ら大きなプレッシャを背負うことになりました。オリンピック終了後、しばらくはメディアに引っ張りだことなり、忙しい日々を送ることになります。加えて持病の腰痛の悪化などもあり、満足な成績が残せなくなり、そしてついに次のオリンピックが開催される1968年の年開けに自らの命を絶ってしまったのです。ご両親にあてた遺書などを読むと胸が熱くなるものがあります。そのような円谷幸吉に関する展示品が、郊外のアリーナに最近出来た円谷英幸吉記念館に展示されています。

須賀川市立博物館
須賀川市立博物館

亜欧堂田善(あおうどうでんぜん)との出会い

 円谷幸吉記念館へ向かう途中に大変な掘り出し物に出会うことが出来ました。私はその地方に訪れた際、そこの地域を詳しく知るために、必ず民俗資料館/博物館類の施設を訪問することにしています。今回も須賀川市立博物館に立ち寄ったのですが、丁度、亜欧堂田善の企画展をやっていました。私はその時まで亜欧堂田善を知りませんでしたが、これが大変な掘り出しもので、30分ほどの所要時間の予定が、1時間近く長居してしまいました。

 亜欧堂田善は江戸時代後期の洋風画家で、生まれは現在の須賀川市です。幼い頃よりその才能は注目されていましたが、寛政の改革で有名な陸奥白河藩の藩主松平定信の目に留まることになり、銅版画に多くの作品を残しています。ちなみに「亜欧堂」という名前は「亜細亜、欧州の両大陸を目前に見る心地す」とその作品を評した松平定信が与えたものと言われています。私は美術の専門家ではありませんが、ここで展示されていた精密、巧緻な銅版画は、そのペンタッチが素晴らしく、思わず見入ってしまうものでした。

 さらに自宅に戻り、本稿を作成するために、亜欧堂田善について追加で調べていたところ、なんと亜欧堂田善は、今回取り上げた円谷英二の祖先のようです。一概には信じられませんでしたが、念のため、円谷英二側からも調べてみると、その手記の中で、自分の繊細な手練は先祖譲りだと書かれていました。どうも子孫というのは本当のようです。

 今回は企画展として展示されていましたが、大変に見応えのあるものでした。時々、亜欧堂田善の展示は行っているとのことですので、是非、ご覧になることをお勧めします。

牡丹苑
牡丹苑

  ページ数が多くなるので省略しますが、これ以外にも牡丹園にも出向きました。見ごろを少し過ぎていましたが、遅咲きの牡丹を見ることができました。見ごろを過ぎていたということで、所定の入園料500円を400円に割引にして頂いたというおまけ付きです。

 2人の偉大な円谷に加えて、牡丹園、さらには地元出身の名画伯に触れることが出来、歩行約30,000歩、距離にして約20kmを歩き切った1日でしたが、実は1点、気になることがあります。今回ご紹介した2人の円谷は偶然に同じ苗字だったのでしょうか。もしくは、このあたりは円谷一族発祥の地なのでしょうか。ちなみにネット等で検索してみたところ、確かに円谷という苗字は日本の苗字の中では珍しい方に分類されていて、かつ都道府県別では福島県が最も多いようです。ただこれ以上の情報を得ることはできませんでした。ご存知の方がいらっしゃれば教えて頂ければ幸いです。

 皆さんも須賀川が生んだ偉大な円谷をめぐってみては如何でしょうか。


<関連情報>

①旅程※時刻は訪問当日の時刻表です。もし訪れられる場合は最新の時刻表をご参照頂きますようお願いします。

【2022/5/15】

東京(7:12)=(東北新幹線)=郡山(8:30)

郡山(9:03)=(東北本線)=須賀川(9:23)~市民交流センターtette(円谷英二ミュージアム/円谷英二資料館/円谷英二記念碑)~円谷幸吉メモリアルパークから牡丹園~翠ケ丘公園~須賀川市立博物館~円谷幸吉記念館)

須賀川(15;26)=(東北本線)=郡山(15;37)(16:06)=(東北新幹線)=東京(17:24)

 

②是非、立ち寄りたい周辺のお勧めスポット(もちろん鉄道とバスと徒歩で)

牡丹園

牡丹園(2022年撮影)

明和3年(1766)に開園。東京ドーム約3倍の広さの園内には、290種、7,000株もの牡丹が咲いている。全国の牡丹園で唯一の国指定名勝。4月下旬から5月中旬が見頃。JR須賀川駅から徒歩35分

翠ケ丘公園

翠が岡公園(2022年撮影)

日本都市公園100選(緑の文明学会と社団法人日本公園緑地協会)に選定。園内には万葉集に出てくる植物にちなんだ歌60首の歌碑が設定。桜の名所としても知られている。JR須賀川駅から徒歩15分