作成:2022/9/15

 

玉山金山跡

~ジバングの国を支えた金山跡を歩く【1990年7月】

 

<カテゴリ:文化・遺産、温泉>


ジバングの国にほん

 

 ヴェネツィア共和国の商人マルコポーロは、中世、中央アジアや中国を紹介したかの有名な「東方見聞録」の中で、日本のことを「東方に国あり、その名をジバングという。特に驚くべきことは金の多いことである」と紹介しています。マルコポーロは実際に日本に来たわけではないようなので、この話の真意についてはいろいろな説があるようですが、当時の日本は金の産出量が多かったことは確かなようです。

 

 昔から資源が少ないと言われてきた日本で、実は金が多く産出されていたというのは、一見、信じがたい話ではあります。ただよく考えてみれば、佐渡の金山が発見されたのが16世紀末と言われているので、それより遥か以前に建立された東大寺の大仏や中尊寺の金色堂などの金はどこからか供給を受けていたはずです。そしてこの金の産出を支えていたのが、岩手県や宮城県北部を中心とした気仙地方(現在の陸前高田市、大船渡市、住田町)と言われており、その代表的な金山の1つが今回ご紹介する岩手県陸前高田市にある玉山金山です。

 

玉山金山
玉山金山(1990年差撮影)

玉山金山

 

 玉山金山は、聖武天皇の命により、東大寺の大仏の鋳造に使う金を探していた高僧・行基によって発見されたと言われています。一説によると玉山金山は「日本金山発祥の地」と言われているようです。このようにかつての「ジバングの国にほん」を支えた金山跡を訪れました。

 

 なお2019年、玉山金山跡は陸前高田市や平泉町などにある金山跡とともに、「みちのくGOLD浪漫」として「日本遺産」に認定されました。なおこの日本遺産ですが、「知名度が低い」「従来の文化遺産との違いがわかりづらい」「世界遺産の二番煎じ」等、あまり評判がよくないようですね。機会あればこれについても考えてみたいと思います。

 

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JR陸前高田駅
震災前のJR陸前高田駅(1989年差撮影)

玉山金山跡へ向かう

 

  旅の起点は旧JR陸前高田駅です。ここで「旧」と書いたのは、既にご存知の通り、このあたり一帯は東日本大震災で壊滅的な被害を受け、JR大船渡線は鉄道としての再建を断念し、BRT(関連情報ご参照)と呼ばれるバスに生まれ代わりました。2024年の夏に初めてBRTに乗車しましたが、やはりあくまでもバスであるという思いを持ちました。鉄道ファンとしては、鉄道路線がなくなることには寂しい思いがあります。同時に鉄道による旅の風景も変わってしまいました。私が遭遇した印象的な出来事を「変わりゆく別れの風景」に書きましたので、ご参照頂ければ幸いです。

 

⇒関連記事「BRTで行く奇跡の一本松」

⇒関連記事「変わりゆく別れの風景」

 

旧JR竹駒駅
旧JR竹駒駅(1990年撮影)

  玉山金山跡はJR陸前高田駅(バス停)から2つ目の竹駒駅が最寄りの駅(バス停)となります。こちらも大船渡線がなくなり現在はBRTのバス停になっています。玉山金山跡は、竹駒駅から徒歩約50分のところにあります。この辺りは東北100名山(関連情報ご参照)にも選定されている氷上山が近くにあること、金山跡ということ等より、山奥のあまりひと気がないところと思っていましたが、予想以上に拓けていました。

 

玉山神社(玉山金山跡)
玉山神社(玉山金山跡)

   実は現地に着くまで勘違いしていたのですが、玉山金山跡は、松尾鉱山跡でご紹介したように、かつての栄華を誇っていた跡地として、鉱山跡や住居などが一緒に残っているものと思っていました。ただ実際に残っていたのは、昔の跡地や変わった名前の奇岩とそれらを示す標柱のみでした。考えてみれば玉山金山の最盛期は何100年も前のことですので、当たり前といえば当たり前でした。松尾鉱山跡のように、かつては雲上の楽園と呼ばれた住居の廃墟を見た時も悲しくなりましたが、玉山金山跡のように、何もないところで標柱のみがあるというのも一層の物悲しさを感じました。

 

⇒関連記事「松尾鉱山跡」

 

検問所跡(玉山金山跡)
検問所跡(玉山金山跡)

  ただ一方で、残された場所にはそれぞれユニークな名前が付けられていました。それが実際にあったものか、想像上のものなのかを考えながら歩くだけで、なかなか楽しい時間を過ごすことが出来ました。例えば、「検問所跡」は実際に検問があったところ?と推定できます。「博打岩」はこの近辺でとばく場が開かれていたのでしょうか?少し疑わしいです。「千人杭」はその名の通り、一度に千人が金の採掘に携わっていたのでしょうか?。ちなみに後で知ったことですが、この「千人杭」の名は、鉱山で働いていた千人が犠牲になった際、唯一生き残った「オソトキ」にまつわる伝説に由来しているようです。

 

千人杭(玉山金山跡)
千人杭(玉山金山跡)

  ~オソトキ伝説(ホームページより)~

 ある日、この近辺で金塊が見つかったという噂があり、普段は女人禁制の金山も、この時ばかりは男女問わず大挙して金の掘り出しに出向きました。ただ「オソトキ」という信心深い女性が杭の中に入ると、どこからともなく自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、外に出た、その瞬間に落盤が発生して中にいた全員が死に絶え、金塊もお蔵入りになった伝説です。どうもこの種の金山にはよくある話のようです。

 

我慢太郎マサカリ岩(玉山金山跡)
我慢太郎マサカリ岩(玉山金山跡)

  これ以外にも変わった名前の岩が数多く残されています。「行基菩薩腰掛岩」は金山を発見した行基が休んだ岩と言われていますが、なぜそれがこの岩と判ったのでしょうか(笑)。「がまん太郎マサカリ岩」は、我慢太郎という力自慢がマサカリで傷をつけたという岩と伝えられていますが、かなり眉唾です。其の他、半分信じられそうな話、半分眉唾のような奇岩等が続きます。それらのいわれを確めながら歩くのもなかなか楽しいものです。

 

玉山温泉健康ランド
玉山温泉健康ランド(1990年撮影当時)

  玉山金山を一通り見終えた後は近くにある健康ランドで一休みです。ちなみに金の産出とともに必ず掘り出されるのが「水晶」です。現在玉山金山の「金」の方は既に閉山となっていますが、水晶についてはまだ取れるようで、水晶の欠片を探すツアーなども催されているようです。 

 

  皆さんもかつての「黄金の国にほん」を支えた伝説の金山を訪れて、太古のロマンに思いをはせてみませんか。

 

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<関連情報>

①旅程※時刻は訪問当日の時刻表です。もし訪れられる場合は最新の時刻表をご参照頂きますようお願いします。

【1990/7/31】陸前高田(前泊)=(JR大船渡線)=竹駒~徒歩で玉山金山往復

       竹駒=(JR大船渡線)=陸前高田(13:50)=(JR大船渡線)=一関(16:02)  (泊)

 

②BRT(Bus Rapid Transit):連節バス、PTST(公共車両優先システム)、バス専用道、バスレーン等を組み合わせることで、速達性・定時刻の確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステム(国土交通省のホームページより)

 

③東北百名山:1990年7月1日発行 山と渓谷社 

 

是非、立ち寄りたい周辺のお勧めスポット(もちろん鉄道とバスと徒歩で)   

普門寺(1990年撮影)

普門寺(1990年撮影)

1241年に開山された曹洞宗の名刹。境内には三重塔や大仏などがあり、三重塔は岩手県の指定有形文化財に選定されている。またサルスベリは岩手県指定の天然記念物に選定されている。陸前高田駅(バス停)から徒歩1時間(少し遠い)

 

蛇が崎

蛇が崎(1990年撮影)

広田半島の東端にあり、箱根山から尾根が海まで突き出ている。付近には大小の島々が浮かび、国の天然記念物に指定されている。JR小友駅(バス停)から徒歩約25分

 


⑤玉山金山跡