秘境三淵渓谷と卯の花姫伝説(訪問日;24年5月他複数回)

 <カテゴリ:温泉、自然、文化・遺産>


 以前から山形県の置賜地方に伝わる「卯の花姫伝説」に魅せられていて、この地に出向く機会があれば関連する地を訪れていました。ちなみに置賜地方とは山形県の内陸部南部を指しており、私のお気に入りの山形鉄道長井フラワー線沿いに伝説の地が点在しています。今回、ようやくそれらの地の大方を訪れることが出来ましたので、是非、ご紹介させて頂きたいと思います。 

 

三淵渓谷
三淵渓谷

卯の花姫伝説について

 最初に卯の花姫伝説について簡単にご紹介したいと思います。

 時代は約千年前に勃発した前九年の役に遡ります。ご存知の通り前九年の役とは、朝廷側の源頼義・義家が当時東北地方を支配していた有力豪族の安倍頼時・貞任ら一族を征伐した戦いとされています。そして卯の花姫は安倍貞任の娘と伝えられています。安倍氏を攻めあぐねていた源頼義は卯の花姫に目をつけ、息子である義家を近づけさせたのです。そして義家は、「今の戦(いくさ)は自分の本意ではない、なんとか穏便に解決できる方法はないか、安全は保証する」とうまく言い寄りました。卯の花姫としても戦(いくさ)を早期に終わらせたい気持ちは同じであったため、自陣の編成などの情報、いわゆる陣立てを義家に教えてしまったのです。これが原因となって安倍氏は敗北し、卯の花姫の父である貞任は討ち死となってしまいました。その後は、義家からの連絡は途絶えてしまい、ここに至りようやく騙されていたことに気付いた卯の花姫はこれを嘆き三淵渓谷に逃れたのですが、義家の軍は迫り、ついに三淵渓谷から身を投げてしまったというものです。そして姫は水の神である大蛇となり黒獅子になったというものです。

黒獅子祭り
黒獅子祭り

 これだけであればどの地方にも伝わる伝説の1つに過ぎませんが、卯の花姫伝説に魅せられてしまっているのは、身を投げた三淵渓谷の神秘的なまでの美しさ、卯の花姫を祀る黒獅子祭りの華やかさ、そして長井市内の各所に残る卯の花姫に関連する場所、それぞれが素晴らしいということです。

 そしてようやくこれらの大部分の地を廻ることができたので、是非、このブログでもご紹介しようと思い、少し前に原稿を完成していたのですが、実は「最後」のそして「最大」のピースである秘境三淵渓谷にだけは、いくつかの理由により出向くことができませんでした。

 ところが2024年になり状況が変わり、鉄道とバスと徒歩しか移動手段を持たない私でも三淵渓谷に容易に出向くことが可能になったのです。こうして無事に最後のピースが完成の運びとなりました。このあたりについては後で記述することにします。

 是非、皆さんにも自然や文化を堪能できる卯の花姫伝説に纏わる地を訪れてみて頂くことをお勧めしたいと思います。


これまでの経路
徒歩で向かう場合のこれまでのアプローチ

秘境三淵渓谷【長井駅から徒歩と送迎バス】

 三淵(みふち)渓谷は卯の花姫が身を投げたとされる悲劇の地であり、ボートでしか行けない秘境の地です。そして卯の花姫伝説を巡る旅のハイライトでもあるのですが、実はこの地には長い間、出向くことができませんでした。理由は2つあります。

①まず三淵渓谷は最寄りの駅である山形鉄道長井フラワー線の長井駅から約8.5km離れた秘境の地であり、鉄道とバスと徒歩しか移動手段を持たない私にとっては遠いということです。もちろん8.5km程度であれば徒歩で行くことは厭わないのですが、実はこのボートに乗船するためには、駅から4.5kmの丁度中間地点にある野川学び舘にて、出発30分前より発行される乗船券を事前に受け取り、それから約4km先にあるボート乗船場に30分以内に到達する必要があるのです。これはとても徒歩では実現不可能です。

②コロナ禍もありボートツアーが事前予約の貸し切り専用となっていて、その料金が1万2000円もかかっていたということです。ボートは6人乗りですので、団体で行けば1人あたり2000円で済むのですが、1人旅の私にとって1人で貸し切りを予約することになります。1万2000円は手痛い出費となり、どうしても個人で行くことに躊躇っていました。

今回のアプローチ
今回のアプローチ

 ところが2024年になり状況が変わりました。コロナ禍も一段落したためでしょうか、個人での乗船が可能になったのです(もちろんその場合、相乗りになりますが)。1人あたり3000円です。これは許容範囲内です。長井駅から行きはタクシーを使い野川学び館で乗車券を受け取り、そのままタクシーでボート乗り場まで出向くことを考え、乗船券の予約をしたところ、なんと公共の交通機関を使う人のために、野川学び館からボート乗船場まで送迎バスを出してくれるということです。これを使えば、乗船時間を気にすることもなく長井駅から野川学び舘までのみを徒歩で行けばいいことになります。

 こうして長年、料金と時間の制約で出向くことを断念していた秘境三淵渓谷に向かうことが可能となりました。

ボート乗船場
ボート乗船場※ここだけ時間が止まったような空間

 さて当日は、野川学び舘で乗船券を受け取り、送迎バスでボート乗船場に向かいます。ここは125mの巨大な長井ダムとダム建設に伴い出来たダム湖(ながい百秋湖)があり、そのほとりにボート乗船場があります。そして三淵渓谷はダム湖のさらに奥にあり、ボートを使ってしか近づくことができません。今回、私が便乗したのは6人乗りのボートで向かう「三淵渓谷の通り抜け参拝」というものです。

 乗船の受付を済ませた後、救命具を身につけてボートに乗船するという段取りです。そしてボートはダム湖をゆっくりと滑り出します。当日は新緑の時期に出向いたのですが、ボートツアー以外は訪れる人もいないため、静寂かつ悠久の時間の中を、眩しいばかりの新緑の美しさを堪能することができました。右の写真をご参照ください。まるでここだけが時間が止まったような空間でした。

ダム湖から三淵渓谷へ向かう
ダム湖から三淵渓谷へ向かう

 出発から約20分、いよいよ三淵渓谷に入ります。断崖の上には三淵神社があり、まず船上で手を合わせます。ここからは大声をださないようにという説明がありました。ちなみにこの三淵神社には徒歩では行けないようです。そしてボートは、昼間でも暗い川幅5m程度の間を200m以上ゆっくりと進みます。以前は屋形船で運行していたようですが、この狭い空間を通れないのでボートになったというガイドの説明がありました。左右には花崗閃緑岩(かこうせんりょくがん)と呼ばれる固い岩石で出来た高さ50mは超えると思われる絶壁がそびえ立っており、このあたりはクマ、シカ、イノシシ、猿などといった野生動物の楽園だそうです。そしてそれらの動物は岸壁間をクマも含めて泳いで渡るというガイドの説明もありました。

三淵渓谷
三淵渓谷

 約10分ほどで折り返し地点に到達して、再び元の乗船場に戻ります。あたりは全く人気(ひとけ)のない鳥の声だけが響く静寂の地で、訪れる人はもちろんボートツアーしかなく、幽玄かつ悠久の時間を過ごすことができました。さらに驚いたことにネットが繋がらなかったということです。それほどの山奥でもないにも関わらず、ネットが繋がらないエリアを久々に経験しました。

 このような素晴らしい時間と空間を味わうことが出来ましたが、1点だけ疑問が残りました。今でこそボートを使って三淵渓谷に向かうことができますが、今から千年以上前に、野生動物の楽園であるこの断崖絶壁の地に卯の花姫と家来たちはどのようにしてアプローチしてきたのだろうかということです。そもそも遠く離れたこの地をどうやって知ることが出来たのだろうかということです。

野川学び舘
野川学び舘※ここで乗船30分前から発行される乗船券を受け取る

 まああくまでも伝説ですので、このあたりはあまり深く考えないようにしました。伝説の真意は抜きにしてこの素晴らしい景観を堪能するだけでも一見の価値があると思います。また新緑の名所は紅葉の名所でもあると言われています。是非、今度は秋の紅葉の時期に訪れたいと思います。


総宮神社
総宮神社

総宮神社(ライダーの聖地)【あやめ公園駅から徒歩5分】

 卯の花姫は戦に備えて、乗馬の練習を積んだとされています。卯の花姫が馬の稽古をしたのが、あやめ公園駅から徒歩5分の地にある総宮神社と、そこから400mほど離れた遍照寺の間とされています。最初はなかなか上達しなかったようですが、修験者に馬頭観音像を作らせ法華経の巻物を腹に納めた結果、みるみるうちに上達したとされています。

 ちなみにこの総宮(そうみや)神社は、坂上田村麻呂が蝦夷(えみし)の討伐の際に郷土の平和を祈念して、「赤崩山白鳥大明神」として創建したとされる由緒ある神社です。境内にはNHKの大河ドラマ「天地人」の主人公として有名になった直江兼続が植えたとされる「直江杉」が残されており、圧倒的な景観をあじわうことができます。また宝物殿には刀剣が残っているとのことですが、残念ながら非公開ということで見ることはできませんでした。さらに後で述べさせて頂きますが、長井市の無形伝統文化財である「黒獅子」の起源が伝わる神社でもあります。

馬頭観音堂
馬頭観音堂
直江杉
直江杉

総宮神社
総宮神社(ライダーの聖地)

  そしてなんとこの総宮神社は「ライダーの聖地」としても有名になっており、多い日になると1日百台ほどのバイクが集まるようです。私が出向いた時も多くのバイク族で賑わっていました。

 なぜこの総宮神社がライダーの聖地と呼ばれるかというと、これも卯の花姫伝説に関連しているようです。卯の花姫は自らの過ちに悲観して三淵渓谷に身を投げたとされていますが、その後、姫は水の神である大蛇となり黒獅子となったとされています。そしてこの黒獅子を祀るお祭りが黒獅子祭りとして長井市のいたるところで繰り広げられていますが、その発祥の地がこの総宮神社とされています。この黒獅子は、長い幕に10数人の人が入りうねうねした動きを見せるため、「むかで獅子」と呼ばれ、その動きがライダの動きにも似ていることから、誰が名づけたのか、この総宮神社は「ライダーの聖地」と呼ばれるようになったとのことです。私も黒獅子祭りを見ましたが、確かに動きがクネクネしており大変にユニークではありましたが、バイクの動きとはちょっと違うかなと思いました。まあこれもあまり深く考えないようにしましょう。


化粧坂観音堂
化粧坂観音堂

化粧坂観音【あやめ公園駅から徒歩12分】

 長井フラワー線のあやめ公園駅と羽前成田駅の中間点あたりに「卯の花温泉はぎの湯」という立ち寄り湯がありますが、その敷地内に化粧坂観音があります。ここは温泉の名が示すように、これまでご紹介してきた三淵渓谷、総宮神社といった卯の花姫伝説に関連しています。

 三淵渓谷で身を投げた卯の花姫は竜に身を変えて、総宮神社のお祭りには野川に雨を降らせここ観音堂で川の汚れを落とした後、化粧をしてから総宮神社の本殿に入ると言い伝えられています。開基は1570年頃で、水難から守るために建てられたとのことです。毎年旧六月十六日が例大祭りと定められています。

 まあこのあたりもあくまでも伝説ですので、真意については深く考えずに古のロマンに思いをはせることとしましょう。

 ちなみにこの「卯の花温泉はぎの湯」は宿泊も出来るのですが、その名前のいわれについての記述を探すことが出来ませんでした。もちろん卯の花姫伝説にちなんだネーミングに違いありません。

卯の花温泉はぎの湯
卯の花温泉はぎの湯
化粧坂観音堂
化粧坂観音堂


黒獅子祭り(警固に先導されて舞う黒獅子)
黒獅子祭り(警固に先導されて舞う黒獅子)

黒獅子祭り【白つつじ公園:長井駅から徒歩15分】

 そしてこの一連の卯の花姫伝説のハイライトとなるのが、長井市内の各所で繰り広げられる黒獅子祭りです。黒獅子祭りは前九年の役で勝利した源義家が、総宮神社再建の際に獅子舞を始めたとされています。この黒獅子こそが大蛇となった卯の花姫の化身でもあります。

 よくある獅子舞は数名で舞うのに対して、この獅子舞は十数名もの人が大幕の中に入り舞うために、その姿から「むかで獅子」と呼ばれています。そしてそれがバイクの動きに似ていることから、獅子舞の起源である総宮神社が「ライダーの聖地」と呼ばれるようになりました。

黒獅子祭り(大きく口を開き歯打ちを行い厄を祓う)
黒獅子祭り(大きく口を開き歯打ちを行い厄を祓う)

 また獅子頭も大変にユニークな外見です。眼球は大きく飛び出ており、歯は剥き出しになって大口を開くといった具合に、その姿は三淵渓谷に眠る竜神に由来するようです。

 祭りの当日、黒獅子は警固(けいご)と呼ばれる男に先導され、神社周辺を一軒一軒練り歩きます。そして警固の「ご信心」という掛け声とともに身体ごと頭を空高く持ち上げ大きく口を開き、「パコーン」というかん高い音とともに歯打ちを行い、厄祓いと家内安全を祈願します。この警固は、時には道をはずれて暴れる黒獅子をなだめる役目を持っているため、屈強な男が務めるとされているようです。ただどう猛な動きを見せる黒獅子ですが、時にはしなっとした動きを見せます。このあたりは龍神となった姫を表しているのでしょうか。

白つつじ公園
白つつじ公園

 そして長井市内の各神社で行われていた黒獅子祭りは、平成2年から「ながい黒獅子まつり」として、毎年5月の中旬、長井駅から徒歩15分のところにある「白つつじ公園」に一堂に会するようになりました。当日は神社近辺で舞いながら時間差で白つつじ公園に集結するというものです。そのため町中いたるところで黒獅子舞を見ることができます。

 ちなみのこのつつじ公園は明治29年に造られたという由緒ある公園で、あやめ公園と並んで「長井フラワー線」のシンボル的な公園です。公園には約3000株の白つつじが咲き誇り、丁度、ながい黒獅子まつりが行われる5月に満開を迎えるため、この祭りを演出してくれているようです。また園内には樹齢750年と言わている「七兵衛つつじ」があり、市の天然記念物に指定されています。

白つつじ公園
多くの人でにぎわう黒獅子祭り(白つつじ公園)

  それにしてもお祭り当日の白つつじ公園を中心とした賑わいには驚かされてしまいました。というのもこれまで長井市を訪れた時にはあまりひと気もなく静かな時間を過ごすことができたのですが、お祭りの当日は、(地元の方には大変に失礼ながら)長井市にはこれだけの人がいたのだと改めて思ったほどの賑わいでした。

 

 伝説の真意についてはあまり深く考えずに、自然、祭り、文化遺産、温泉、鉄道を堪能することができる卯の花姫伝説の地を訪れてみませんか。